生と死についての世間話。 -


いつものようにシバサキサクラが屋上に行くと(もちろんサボリだ)、

そこにはいつもはいない先客がいて、

そいつがフェンスの上によじ登っていたもんだから、


「…あぁ?」


ついついマヌケな声を出してしまった。

何故かどこかで見たことのあるような始まり方なのは、まぁ気にせず。





「…ん?」


いかにものんびり、と言った調子の声で、先客がこちらを振り向いた。

どうやらこちらの存在に気付いたらしい。

…えぇと。どうしたものか。


「あー…そこは私のお気に入りの場所なんだが」


ポリポリと頬をかきつつ、シバサキサクラはマヌケなことを言っているな、

と思いながらも、次の言葉を口にした。


「よもや自殺でもたくらんでいるワケじゃなかろうね?」


「んー…だとしたら、どうする?」


あっけらかんと返ってくる答え。

シバサキサクラは、ソレに対して実に簡潔に、


「止める」


キッパリと答える。

先客はその答えを予想していたのか、滑らかに言葉を続けた。


「んー、それは何故?小市民的正義感とか、命は大事にしないととか、そんな感じ?」


「いいや」


これまたキッパリと答えるシバサキサクラ。


「そこは私のお気に入りの場所で、誰かに自殺でもされたら下手したら立ち入り禁止になってしまう。

そんなことでここに、この場所に来られなくなるのは非常に困る。

ただそれだけで、あんたの生死云々にはコレと言って興味はない。

自分に関係のない人にまで気を配れる程、私は人間できてないんでね」


「冷たいね」


「よく言われる。それに」


「それに?」


「私の好きな場所で誰かが死ぬと言うことは、それはそれはショックなことだ。

私の大切な場所を冒涜された気分になって非常によろしくない。

この風景を死で汚されるのはたまらない。なので止める」


「なるほど」


彼女の返答が気に入ったのかなんなのか、納得したように頷くと、

先客はヒラリとフェンスから飛び降りた。

そのままガシャンとフェンスに背中から寄りかかり、

先程から変わらない、飄々とした表情のまま、笑う。


「別に俺は死ぬ気なんてサラサラないから、安心していいよ」


「じゃ、なんであんなとこに」


「んー…一番空に近いような気がしたから、かな」


「そう」


詩的なんだろうか、なんてボケたコトを考えてみる。

きっと今の彼のセリフをクラスメイトが聞いたら、「はぁ」と目を点にするんだろうな、

なんてシバサキサクラは思った。

私に近い人種かも、と、他人事のようにも。


「まぁ、俺が自殺するかどうかはともかく」


先客が、おもむろに口を開いた。


「あんたは、生きるとか死ぬとか、どう思う?」


「…というと?」


先客は、んー、としばらく考えた後(どうでもいいが、発言の前に一拍置くのがクセらしい)、


「何で、人はいつか死ぬのに、ウダウダと生きてんだろうか、とか。

無意味に日々を浪費したり、くだらないことに時間を費やしたり。

もの凄い功績を残したとしても、死んだらその人には何にも関係ないことになるわけで。

それなのに、毎日をどうして繰り返すのだろう、全ては終わったら無意味になるのに、って。

どうして生き続けるんだろう。

生きて生きて生きて、けれど最後は死んで。じゃあ何の為に人は生きてんだろ。

死んでから魂が残るのかどうかは知らないけど、でも現世には多分干渉できないワケで。

必ず終わりが来て。終わりが来たらそれでオシマイで。

今までしてきたことは、なんなんだろう、なんで生きるんだろう―

って、そんなこととか、考えたこと、ない?」


本人の口振り通りの、無気力に満ちたことを言った。

否、その響きは、どこか透明なもののように聞こえた。

『あぁ、お腹空いたな、じゃあ何を食べようか』くらいの、軽い調子。

その口振りからは、どこまで本気なのか、よくわからない。

しかし、シバサキサクラは真剣に答えることにした。砕けた口調ではあったが。


「あるわ。昔、アホみたいに延々考えてた」


「んー…じゃあ、答えは出た?」


「何の為に生きるのか、って?」


「うん」


「私は―そんなものは、どうだっていいわ。ていうか、どうでもよくなった」


「ふむ?」


流れるように、淡々と。シバサキサクラは言葉を紡ぐ。


「何の為に生まれたのか、なんて、別にいいのよ。

いつか死ぬのに、とも考えない。

いつか死ぬんだから、って考えることにした。

いつか死ぬんだから、死んだら終わりなんだから―

だったら、終わるまでせいぜい楽しんでやろう、って、そうすることにした。

悩んでも悩んでも、誰にもそんなの答えなんて出せっこないと思うから。

出せたとしても、それが真理とは限らないし。

それは、神様がいるのかいないのか考えるのと一緒。

いるかどうかもわかんないんだから、どうせ答えなんて出やしない。

いつまでもいつまでも同じところをグルグル回るだけじゃない?

自分自身への水掛け論の繰り返し。そんなの、時間が勿体無いじゃない。

いいのよ、意味なんて。私は生まれてきちゃったんだから。

偶然だろうと必然だろうと、私はここに生まれて、意識を持っちゃったのだから。

だったらそれだけでいいじゃない。後はどうでもいいわ。

そして生まれた以上、好きにやらせてもらう。

たとえ世界中の人々が呆れ返って目を背けるようなことだったとしても。

傍若無人だと罵りを受けようが、それが私のしたいことだったらとことんやる。

目的があったら、それを達成する為にどんな手でも使ってみせる。誰にも邪魔はさせず、ね。

そうやって生きていくわ。死ぬまで、ね」


全てを聞き終えた後で、先客は、


「ふーん…」


とだけ、呟いた。

その横で、シバサキサクラは言葉を吐きつくして脱力したようにフェンスに寄りかかる。


「ま、要するに、さ。楽しいのが一番、ってコト」


「シンプルだね」


「わかりやすくていいでしょ?」


「うん、俺はよく人にわかりにくいって言われるから羨ましい」


「はは、それわかるわ」


シバサキサクラが笑い、それにつられるように先客も笑みをこぼす。

ふぅ、と一呼吸おき、


「あんたは?」


「ん?」


「答え。出せてないの?」


今度はシバサキサクラが尋ねた。

先客は、少し沈黙した後で口を開いた。


「んー…いろいろ考えたけど。どれもしっくりこない感じ」


「そんなもんよ」


「かな。まぁ、その内出すよ。死ぬまでには」


「それがいいわ」


アッサリと答え、また沈黙。

どうも沈黙が多いな、と考え、またシバサキサクラが口を開く。


「さて、と。満足したかしら?」


「うん、だいぶ」


「そりゃよかった」


「うん。あー、そう、1つだけ」


「何?」


「したいようにするのはいいけど、授業には出ないと、後々困るんじゃないの」


「大丈夫、出席日数計算してるから」


それは大丈夫とは言わないんじゃ、と突っ込む人間はこの場にはいなかった。


「そっか」


ただポツリと呟く、朴念仁がいるだけで。

それから、2人して何となく空を見上げた。

空には一面の青が、ちっぽけな人間を見下ろすかのようにどこまでも広がっている。

でかいな、とシバサキサクラは、ただそれだけ思った。

数分程経って、シバサキサクラの隣で人の動く気配がした。

隣を見ると、隣人は、ボーっとした顔のまま、しばらく空を見上げていたが。


「…行こうかな」


「そう」


「どーもありがと」


「いえいえ」


まるで、2人にはもう言葉はいらぬ、とばかりに、

ただそれだけ言葉を交わすと、先客はどこかへと去っていき、

シバサキサクラはまだ空を眺めていた。

さてどうしようか、と考えたところで、先客と入れ替わるように、再び人の気配が近付いてくる。


「まーたサボリか」


聞き慣れた声。生きるとか死ぬとか、考えそうにないような、軽い声。


「あー…アンタか」


「アンタか、じゃないだろ」


ヤマザキシゲルは買って来た紙パックのジュースにストローを突き刺しながら、呆れた声で言った。


「全く…授業にも出ないで」


「大丈夫、出席日数計算してるから」


「それは大丈夫とは言わん…」


あぁ、突っ込まれた、と、シバサキサクラは心の中で密かに笑った。

こういう他愛ないやり取りを交わすだけでも、生まれてきてよかった、なんて思える。

あぁ、簡単な女だな、私は。


「それよか、さっきの」


「さっき?」


言われて、キョトンとする。

さっきとは、どのさっきを差すのだろうか、と。


「ホラお前、相田と一緒にいたろ」


「相田?」


「…しらねぇか。有名人なんだけどな」


「知らない」


そうか、彼は相田と言ったのか。

興味がなかったから名前を聞くのを忘れていた。

きっと向こうも同じように思ったに違いない、と何故かそう思えた。


「お前とよく似てるヤツだよ」


「だろうね」


「だろうね、て…何か話したんか?」


「あぁ、うん。ほんの世間話を少々」


「…世間話、ね」


何故かスネたような、つまらなさそうな声を出すヤマザキシゲル。


「…何スネてんの?」


「別に?」


「スネてんじゃん」


「スネてないし」


頑なに否定するヤマザキシゲル。

しかしシバサキサクラは、彼がパックを思いっきりベコベコにヘコませる時、

彼が不機嫌なのだということを知っている。

そして現在、パックはめちゃくちゃにヘコんでるのを、彼女は確かに見た。

一体何が気に入らないというのか、しかしその理由は、

鈍感なシバサキさんにはわからずじまいだそうな。





オマケ。



がらんとした教室の中で、女子生徒が1人、何かを考えるようにボーっとしながら外を見ていた。

そこに1人、更にボーっとした男子生徒が入ってくる。

気配に気付いた女子生徒が、顔見知りなのか、声をかけた。


「…あ、相田君」


「ん、あぁ…」


たった今まで寝てましたと言うような、ボーっとした声を漏らす相田少年。

その様子を見て、女子生徒は諦め交じりの溜息を漏らす。

どうやらそれなりに親しい仲らしい。


「もう、また授業出ないんだから…」


「あぁ、ゴメン」


「出席日数、大丈夫なの?」


「…計算してるから、大丈夫」


「ホントに計算してるの?」


「さぁ…」


オイ、と女子生徒は心の中で突っ込んだ。

自由に過ごすのは楽しそうだが、目の前の問題にも目を向けて欲しい、

コレじゃ卒業さえ危ういんじゃないかっていうか受験とか考えてるのかなぁ

ってあぁ何私は彼の心配なんてしてるんだコレじゃ世話女房みたいじゃないか

私はただの幼馴染でうんそれだけなんだから何も心配なんて。

女子生徒はそこまで考えて、目の前の朴念仁にふと目を向け、

何してんだ私は、とさらに落ち込んだ。


「…で、今日はどこ行ってたの?」


「ん、あぁ…」


しばらく考え込むように黙り込んだ後、相田は一言。


「空、飛べないかなって」


「…君ならその内飛べるかもね」


聞いた私が馬鹿だった、と、力ない言葉とともに少女は脱力し、


「そうかな?」


嬉しそうな彼の声を聞いて、こりゃダメだ、とさらに脱力した。






                   - 了

特別出演相田君。ちなみにこちらの作品ヨリ。



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