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空を飛ぶ魚 - 相田君は、幼稚園からの幼馴染。
だからといって、特別仲がいいわけでも、悪いわけでもない。 友達以上恋人未満。 そんな甘酸っぱい関係かと尋ねられたら、私は迷わず首を横に振る。 いや、嫌いというわけではないのだ。好きというわけでもないが。 ただ・・・相田君はキャラが掴めない。 幼馴染の私でさえ、全く掴めない。 掴めないから、向こうがこっちをどう思っているかよくわからない。 だから、ただの幼馴染と考えている。 ただ、それだけのことなのだ。 幼稚園、小学校、中学校、そして高校。 近所に住む私達は、通う学校まで、ずっと一緒だった。 まぁ、さすがにクラスまで一緒とはいかなかったけど。 相田君は、どこに行っても、周囲から浮いていた。 苛められていたわけじゃないし、かといって不良を気取っていたわけではない。 なんというか、住む世界が違うというか。周りと空気が違うというか。 空気、ともまた違うのかもしれない。 なんなのだろう、彼を包む『何か』、それからして周りとは異質だったのだ。 何を考えているのかわからない人。 まぁ、一言で済ますならば、つまりはそーいう人だった。 何も考えていないようで、実は考えていそうで、やっぱり考えていないような。 普段はボーっとしているくせに、行動する時はいきなり動き出す。 そこそこ顔はいいのに、そのよくわからない性格のせいで、 何度も青春のチャンスを逃しているのを、私はよく知っている。 多分、そーいうこと自体に全く興味がないのだろうと思う。 まぁ、とにかく、相田君はそういう人なのだ。 人と関わり合いをしようとせず、かといって一匹狼と言うほどかっこよくもなく、 突拍子の欠片もない人。 そう、いつもいつも、彼が行動を起こす時は、突拍子の「と」の字もない。 その日、私はいつも通りに家を出て、学校に向かっていた。 春の陽気は少し汗ばむくらいで、雲一つない晴天だった。 天気のいい日は自然と気分がよくなる。 毎日、こんな日が続けばいいのに。 そんなことを考えながら空を見上げて歩いていると、 10メートルほど先を、相田君が歩いていることに気付いた。 彼は、私以上にゆっくりとしたペースで、私よりもさらに首を折り曲げて空を見ながら歩いていた。 人にはとろいと言われる私の歩幅でも、あっという間に追いついてしまった。 「おはよ」 「・・・」 返事がない。 多分、気付いていないのだろう。相田君だし。 「おはよ」 「・・・んぁ、あぁ、はよ」 さっきよりも幾分声を大きくすると、ようやく彼は気付いてくれた。 人からは、全然感情が読み取れないとまで言われている彼の表情から、 私はわずかに驚きの感情を読み取る。 まぁ、長年の勘、というヤツだ。 が、それも気のせいだったように、元のボーっとした顔になり、また空を見上げ、歩き始めた。 私は彼に歩調を合わせると、そのまま一緒にてくてくと歩き始める。 あぁしかし、端から見ると、これはどう映るのだろう。 まぁ、十中八九恋人とかに見えるのだろうな。 ちゃんと観察すれば、お互いにそんな雰囲気が全然ないことにすぐ気付きそうだが。 と、突然、彼がそのゆっくりとした歩みをぴたりと止める。 「・・・よし。」 決意に満ちた声を出したかと思うと、彷徨わせていた視線を、まっすぐ前に戻した。 あ、きた。 長年の勘で、そう感じた。 次の瞬間、彼は踵を返すと、先程とは打って変わった強い歩調で、逆の方向へと歩き出す。 無駄だと思いながらも、一応声をかけてみる。 「学校、そっちじゃないよ?」 あぁ、と生返事。首だけこっちを向き、 「あのさ、センセに今日休むって言っておいて?」 やっぱりな。 そして彼は、すたすたとどこかへと去っていってしまった。 しばらくそれを見送り、やがて見えなくなったところで諦めてため息をつくと、学校の方へと歩きだした。 授業が始まり、先生が出欠を取り始める。 が、その一番最初で、いきなり返事が返ってこない。 「あー・・・相田はおらんのか?」 全員に尋ねているようで、その実私にしか聞いていない。 全く、私は彼の世話係ではないというのに。 「えっと・・・なんか気分が悪いとかで」 答える私も私なのだけれども。 先生はそれだけ確認すると、他には尋ねず、再び出欠を取り始めた。慣れたものだ。 出欠を取り終え、授業が始まったが、私は上の空で、ボーっと窓の外を見ていた。 今頃あの気まぐれ屋は、一体どこをほっつき歩いているのだろうか。 というより、単位は大丈夫なのだろうか。かなりの勢いでサボってばかりなのだが。 きっと、何も考えていないのだろうな。そーいう人だ。 だけど、時々羨ましくも思う。 自分の好きな時に好きなように動く、そんな彼の生き方が、たまらなく羨ましい。 きっと、この教室の中にいる誰にも、あんな生き方はマネできないだろう。 籠の中から出ようとしない鳥には、空を飛ぶ資格なんてないんだろうな。 窓の外を飛ぶツバメを見ながら、そんなことを考える。 まぁ、どっちの生き方がいいかだなんて、誰にもわからないんだろうけど。 そんなことを考えている間に1時限目は終わり、2時限目でまた相田君について聞かれ、 1時限目と同じく適当に答えて、また窓の外を見ながら過ごした。 窓の外に相田君が現れることはなかった。 3時限、4時限と過ぎ、昼食を終え、5時限目が始まっても、 やっぱり相田君が来る様子は全くなかった。 ひたすらに窓の外ばかり見つめていたので、ノートはかなりおざなりになった。 勉強になったことと言えば、雲の形が時間によって変わるのだと言う、 小学生の時に既に教えられていたことだった。 だが、何故だろう。授業を聞くよりも、よっぽど為になったような気がした。 結局そのまま一日は終わり、最後まで相田君は姿を見せなかった。 まぁ、彼が途中で戻ってくることなんて滅多にないのだけれども。 授業が終わってからもしばらく窓の外を見つめていたが、やがて私は荷物をまとめ始めた。 級友達とそこそこに挨拶を済ませ、私は教室を出た。 昇降口で上履きから下履きにはきかえ、夕日に染まった道を歩く。 遠くから、バットがボールをとらえる金属音、陸上部の掛け声などが聞こえてくる。 それらに耳を傾けつつ、視点は空に向けながら、私はゆっくりと歩いていた。 と、視界の端に何かが映り、目の前に誰かが立っていることに気付く。 あ。 「ただいま」 相田君だ。 「・・・おかえり?」 よくわからないまま返事を返すと、彼はうん、と頷き、手に持っていたビニール袋を手渡してきた。 「お土産」 「あ、ありがと・・・」 お礼を言うには言ってみたが、あぁしかし一体どう反応すればいいんだ、これだから彼は謎なんだ。 そんな感じで困っている私を気にも留めず、相田君はすたすたと歩き出していた。 「ちょ、待って・・・」 引き止めるつもりで声をかけたのだが、彼がそれで止まるような人間じゃないくらい、私はわかっていた。 袋の中身の確認は後回しにして、彼に走って追いつく。 相田君は相変わらずボーっとした顔をしているが、朝よりもどこかすっきりとしていたような気がした。 いいなぁ。 素直にそう思う。 いや、それは彼のことをかっこいいなぁ、とかそういう意味でなくて。 その性格。 したいと思うことをすぐに実行できて、そしてそれに充実感を持っている、というか。 羨ましい。 私達が一生懸命勉強している時に、彼は「そんなのはどうでもいい」みたいな、 ぶっきらぼうというか、何も考えていないと言うか、何にも縛られないと言うか、 いやそもそも彼は学校が何のためにあるのか理解しているのか、とか、 つまりはそういう生き方が、とても、とても羨ましい。 「相田君は、どうしてそんなに学校サボって平気なの?」 「・・・ん?」 「他の皆がしていることと全然違うことやってて、不安になったりしないの? 他の人と同じことしてなくて、怖くならない?」 「んー・・・」 黙ってしまった。 これはもう、答えは期待できないかな。 夕日がほとんど沈みかけ、暗くなった道を、無言で歩くこと数分。 ひたすらに沈黙していたが、別段重くはなかった。 彼と一緒にいると、こういうことはよくある。 この沈黙に耐えられないという話を何度か聞いたことがあったが、 これはもう、慣れるしかない。 というより、慣れるとむしろ心地良い。 皆はもったいないことをしているな。 こんなにも静かな時間を知らないだなんて。 と、忘れかけた頃になって、彼はようやく口を開いた。 思うに、彼の体内時計はどこか狂っているのではなかろうか。 「んー、と、さ」 「うん?」 「別にね、誰かと一緒じゃなくても、俺は平気なんだ」 「うん」 「というか、特にどうでもいいんだ」 「うん」 「誰かと一緒、ってのは、それは楽、だろうけど、別に楽じゃなくても大丈夫だし」 「うん」 「別に死ぬわけじゃないし」 「まぁね」 「けど、逆に、誰かと歩調をあわせるっていうのが、億劫になることもあるんだ」 「ふーん?」 「皆が同じ方向向いて同じ道具を使って同じ音を出して同じ行動をすることが、気持ち悪くなることがあるんだ」 「うん」 「別に酸素が足りてないわけじゃないんだけど、そういう時、息が苦しくなるんだ」 「うん・・・」 「溺れてしまいそうになって、でも溺れたら死んじゃうわけで、 俺は死にたいわけじゃないから、溺れるわけにはいかないんだ」 「・・・」 「じゃあ溺れないようにする為にどうしたらいいかって聞かれたら、顔を出せばいいのかもしれないけど、 それじゃとても足りなくて、じゃあどうすれば呼吸できるかって言われたら、飛ぶしかないと思うんだ。 だから俺は、溺れない為に飛んでみようとしているのだろうなぁ。でも果たして、飛べているのかなぁ」 「・・・そっか」 最後のセリフは、自分でもわかってないみたいな感じであった。実に相田君らしい。 まぁ、つまり。 一つだけ、わかったことがある。 私達は、鳥でさえないんだ。 私達は、魚。 ぬるまゆい水の中を、流れに身を任せてゆっくりとたゆたう存在。 そして、彼は鳥。 たとえ逆風がこようとも、その翼で、自分の向かいたい場所へと自由に飛ぶ存在。 私達と同じ姿をしているけれど、中身は全然違う生き物。 そんな彼には、きっと、水の中は余りに息苦しいのだろう。 住む世界が違う。 まさに、そういうことなのだ。 あぁ、だからなのだろう。 私が、たまらなく彼を羨ましく思うのは。 同時に、どうしても手が届かない、ということもわかってしまうのだけれども。 それゆえに、羨ましい。 いつか、彼の見ている世界を見せてもらいたい。 そういったら、彼はどんな反応をしてくれるだろうか。 気がつくと、夕日はとっくに消えていた。 相田君はまだ何かをぶつくさ言っていたが、やがてどうでもいいや、と呟いた。 ホントに、彼らしい。 少しおかしくなって、笑った。 「ねぇ、そういえば、どこいってたの?」 「・・・遠く」 そらそーだろう。 「はぁ・・・えっと、お土産、見ていい?」 「まぁ、もうお前のだから、好きにするといい」 「んー・・・なにこれ、八つ橋・・・?」 「あぁ、それ、八つ橋って言うんだ」 「・・・ホントに、どこに行ってたの?」 「遠くだって」 「・・・どこでこれ買ったの?」 「コンビニ。」 「・・・ありがと」 やっぱり、彼を理解できる日は、まだまだ遠いようだ。 けれど、いつか、彼の背中に乗っけてもらって、彼だけの世界を見せてもらえる日が来る様な。 そんな気は、する。 それは、きっととても先の話なんだろうけど。 - 了 あとがき - 何か不思議な人の話を書きたい。 それで出来上がったこの話。 思いつくままに書いたので、かなり雑でしょうが、 まぁ読んでいただけてとても嬉しいと言いますか。 とりあえず、長編も書かないとなぁとかぼやきつつ。 03/04/26 !-この小説は小説検索エンジン"楽園"に登録されてます- ∠short ∠index |