|
寂しいという感情 - マスターから子守を頼まれてはいるものの、
何をしても何の反応も返さない息子に、私は焦りを感じていた。 仰せつかっている仕事を、私は真っ当にこなせていない。 このままでは私は役目を果たせぬまま、スクラップ行きとなってしまうかもしれない。 それは困るし、何よりお手伝いロボとしてのプライドにも関わる。 一体どうすればいいのだろう。 もう一ヶ月だ。 随分と多くのことを学習してきたのに、いまだに私は彼を笑わせる術を知らぬままだ。 どうすればいいのだろう。 今日も彼のカードゲームの相手をしているのだが、彼はにこりとも笑わない。 さりげなく彼を勝たせる為にいろいろと細工もしているのに、 彼は勝っても嬉しそうな素振りをこれっぽっちも見せない。 ほとほと困り果てた私は、どうすればいいのか、 散々迷いながらも、マスターに尋ねることにした。 できれば自分の力でどうにかしたかったのだが、そうも言っていられない。 解決法が自分の中に存在しないのであれば、それを最も知っているであろう者に尋ねるしかない。 私は自分のプライドと仕事を天秤にかけ、結局仕事を優先させることとした。 「君はよくやってくれているよ」 マスターは、温和な口調でそう慰めてくれた。 しかし、よくやっているかどうかはどうでもいい。 私に必要なのは、仕事を完璧にこなすこと。 それができなければ、私には存在している意味がないのだ。 「しかし、私はいまだに彼を笑わせることができません」 私の言葉に、彼は少し考えた後、答えた。 「あの子は今とても寂しいからね、笑えないんだろう。 私としてもどうにかしてやりたいのだが、なにぶん仕事が忙しい。 少しでもいいから、寂しさを紛らわせてやれたら、そう思って君を連れてきた。 そして、君は十分にやってくれている。だから大丈夫だよ。いつかあの子も笑ってくれるさ」 「そうでしょうか」 「そうだとも」 そしていつものように、マスターは笑った。 しかし私は、納得できていなかった。 根本の解決をなさねば、彼はいつまでも笑ってくれないのではないか。 そのような懸念が拭いきれなかった。 幼少期に全く笑わずに過ごした場合、後の人生にも影響が出る可能性がある。 仕事として仰せつかった以上、私にはそれを遂行する義務と責任がある。 けれど、その為には大きな問題があった。 私には寂しさというものが理解できなかった。 知識としては頭に入っている。 けれど、それがどのような感情なのか、私には理解できない。 息子は独りきりではない。母親はいないが、マスターはいる。 人とは呼べないが、私もいる。 彼は、独りではない。他に一人と一体がいるのだから。 それでも募る孤独感とは、どういうことなのか。 寂しいとは、どういうものなのか。 近しい人間が一人欠けることとは、笑顔すら消えてしまうものなのだろうか。 それは、どのような苦しみなのだろうか。 簡単な擬似感情は存在するが、所詮人真似でしかない私には、 本物の感情というものが、理解できない。 「最初はね」 ぽつりと、マスターが洩らす。 「君に、母親代わりになってもらおうと思っていたんだ」 マスターは何を言っているのだろう。 ロボットである私に、誰かの、それも肉親の代わりなどできるはずもない。 「君がね、妻に似ていたんだ。それで、淡い期待を持った」 その言葉に、ますます疑問を抱く。 同じ容姿をしているから何だと言うのだろう。 やはり私には理解できなかった。 例え人間に姿が似ていても、私に人間の誰かの代わりなどできるはずがない。 そもそも私は、『誰か』などと呼ばれる存在ではないのだから。 『それ』としか呼べない存在でしかないのだ。 だが、同時に、息子が最初に見せたあの笑顔の理由が理解できた。 彼は私に、母親を見たのだ。それも一瞬だっただろうが。 「例え貴方の妻に似ていようと、私はその女性ではありません。 ましてや、人ですらないというのに。 ロボットである私に、人の代わりなど到底できるはずもありません」 「うん、そうだね」 あっさりと彼は答えた。そのまま続ける。 「だから、君は君ができることをすればいいと思うんだ。焦らずにさ」 そう言ってマスターは笑った。 マスターの返答をどう解釈すればいいのか、私には分からなかった。 悩みに悩んだ結果、私は、人間が面白いと思うであろうジョークや行動を学びに学び、 息子の前で披露するという方法を取ることにした。 子供にも受けのよさそうな動きを取り入れることも忘れなかった。 この国の方法論にとらわれることなく、 他国でも面白がられるようなものは片っ端からチェックした。 うん、これならきっと大丈夫だ。 そうして私は、彼の前でそれらのジョークに、 更に自分なりのアレンジを加えたものを披露した。 息子は、冷めた目で見つめるだけだった。 滑る芸人、というものの気持ちが少し分かった気がした。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |