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仕事開始 - 人間の雑務に対する、あらゆる面でのサポート。
そのような目的で私は作られた。 より人とのコミュニケーションを取りやすくという意図の下作成された為、 姿形は、人間のそれと何ら変わらない。 姿が同じであろうとそうでなかろうと、行うことに変わりはないのではないだろうか。 そのようなこだわりは必要なのか、私には分からない。人とは不思議な生き物だ。 マスター(こう呼ばれることを本人は嫌がるのだが)が私に下した最初の命令は、 彼の身の回りの世話、それと、子守だった。 この家には彼とその息子しか住んでいないらしい。 子がいるならば母親もいるはずではないか。 初期知識にはそのように刻まれているのだが、この家にはそのような存在はいなかった。 疑問に思い率直に尋ねたところ、逃げられてしまったんだ、と、彼は笑いながら言った。 笑い事ではないのではないかと思ったが、どうにも彼には何事にも笑う癖があるらしい。 人間とはつくづく不思議な生き物だと、私は思った。 それが苦笑いと呼ばれる種類の笑みであったことを、後に知った。 マスターの息子は、マスターとは対照的に、あまり笑みの零さない人間だった。 マスター曰く、母親がいなくなってしまってからそうなってしまったらしい。 幼少期におけるトラウマの原因になりますよと言った私に、 マスターは、僕もそう思う、そう言ってやはり笑い返しただけだった。 恐らく離婚をしたのであろう。 離婚、トラウマ。 それらの引き金は人間の感情だ。 感情に振り回されて生きるのは非合理的で大変そうだ、 そんなことを感想として持ちながら、 私はマスターに命じられた通り、息子の子守をすることにした。 あまり笑みを零さないと先に言ったが、 ただ一度、最初に会った時だけは違った。 満面の笑みで近づいてきて、私に抱きついてきたのだ。 初対面時にこのような反応をされた場合、 対処法はどうすればいいのか、私は知らなかった。 息子はしばらく抱きついていたが、私が何もしないのを見て、 「ちがう」 ぽつりとそう漏らし、離れて行った。 何が違うのか。その時の私には理解できなかった。 それきり、彼が笑うことはなくなってしまった。 分からないことだらけながらも、私は日々の業務をこなしていった。 マスターはずぼらな人で、私が起動した当時の環境は酷い有様だった。 洗濯物や洗い物が何日分も溜め込まれ、床は見える部分の方が少なかった。 きっとこれも離婚の一因になったに違いない。 過去のマスターの妻であった誰かに、私は同情した。 私に感情というものが存在しているのであれば、だが。 最初は汚かった部屋も、一週間程かけて隅々まで磨いた。 自分の仕事の成果に私は誇りを持ったが、マスターからは 「落ち着かない……」 との評価を下された。 個人の好みも把握して掃除を行わなければならないとは、何と難しいことだろう。 それから以後私は、マスターの部屋だけは極力掃除は行わないようにした。 本人の思うようにするのが一番であろう。そう判断を下した。 マスターの部屋は一週間で元に戻ってしまった。 少し自分の存在意義を疑いそうになったが、 しかしそれはそれだ、と、即座に結論を下した。 健康に影響が出ない程度ならば多少雑然としていても問題ないだろう。 随分と柔軟な決断を下したものだと、今では思う。 掃除の面でも苦労したが、食事でもそうだった。 マスターも息子も、随分な偏食家だった。 きっちりと栄養バランスを考えて出している食事を、彼らは躊躇なく残す。 子供が野菜嫌いなのは分かるが、親もそうでは子供の野菜嫌いなど治らない。 「息子さんの為にも食事はちゃんと取って下さい」 私がそう言うと、やはりマスターは苦笑いをするのだった。 何だか私は注意をしてばかりだ。 それも仕事の内ではあるのだが、こう怒ってばかりだと、 向こうに愛想をつかされそうな気がしてきた。 お役御免となってしまうのは、さすがに困る。 マスターに嫌われてしまったら、私は生きていけない。 正確には生きているわけではないが。 だがしかし、仕事もしなくてはいけない。 どうすればそれらを両立することが可能だろうか。 起動してすぐにこんなにも困難にぶつかってばかりで、 私の思考回路はショートしてしまいそうだった。 学習プログラムはきっとフル回転で働いているのだろうが、 それでもついていけていないだろう。 結局私は彼らに何度も注意することになり、 マスターはそのたび苦笑いを返し、息子は何も反応を返さなかった。 そのような、ある意味平穏な日常がしばらく過ぎた。 私が起動してから、一ヶ月が経過した。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |