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9 - 早く記憶を取り戻したい。
そう言った私を、医者は複雑そうな目で見つめてきた。 何か問題があるのだろうか、不思議に思い、私が尋ねると、 医者はしばらく躊躇った後、珍しく饒舌に語り出した。 「確かに記憶は大事だ。その人の生きてきた証とも言えるのだから。 だがしかし、戻った記憶がすべて自分にとって都合のいい記憶とは限らないよ? むしろ、忘れてしまいたい記憶があったから、今の状態になったのかも知れない。 なくしてしまった記憶は戻らない。 けれど、新しく記憶を作って、生きていくこともできるのではないかな。 そうやって過去に執着して生きていくことは、悲しいことかも知れないよ」 医者の言っていることは、尤もだと思った。 過去の記憶が、私にとって都合のいいことばかりではないだろうし、 また、記憶を取り戻すことで、私は此処にいる理由を失ってしまうかもしれないのだ。 しかし、と、私は少女からもらったお守りを握りしめる。 「それでも、私は記憶を取り戻したい。 今までの自分がどんな人間だったのか。 どこに行こうとしていたのか。 何をしたかったのか。 私は、もっと私を知りたい。 そして、できればその過去を、私が見てきた世界のことを、 あの子にも聞かせてあげたい」 あの子、という単語を聞いて、医者は苦笑の様な、歯痒そうな表情を浮かべた。 もちろん、医者にもあの子のことは話してあった。 私の想いを知っている彼としては、恐らく難しい立場なのであろう。 けれど、説得(と言うのだろうか)を続ける内、彼もとうとう折れた。 私の根気勝ちだった。 「それだけ元気になったなら、きっと大丈夫だね」 苦笑する医者を見て、何が大丈夫なのかは分からないが、 そうですねと答える自分がいた。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |