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10 - 記憶喪失に関しては専門ではない、と言っていた割に、
それからの医者は、随分と医者らしいことをしてくれた。 催眠術の類で記憶を取り戻そうとしたり、 カウンセリングのようなことをしてみたりと、 何故今までそのようなことをしなかったのか、不思議に思う。 とにかくその成果なのか、私は徐々にいろいろなことを思い出し始めていた。 私の名前、友人の名前や、様々な知識。 釣りの知識もその中にあった。 何故もっと早く思い出せなかったのか、悔しい気持ちが浮かぶ。 これで少しは魚が釣れるだろうと思ったのだが、 しかしそうもいかなかった。 どうやら私に足りないのは、知識ではなく才能だったらしい。 落ち込みはしたが、ならば努力で補うしかないだろう。 そう考えを切り替えられる程に、気力は湧いてきていた。 記憶が蘇ってくる感覚は、まるで朝日が昇ってくるような気持ちだった。 光が世界に満ちていく。 無気力だった頃には、考えられなかった感覚だった。 しかし、いまだ少女に話せるような記憶は取り戻せないままだった。 「いずれ戻りますよ。焦らないで」 そっと手を握り、少女はそう言ってくれた。 そのたびに、申し訳ないような、けれど嬉しいような、そんな気持ちになった。 いつかきっと。 そう考えるたび、力が湧いてくる。 これが希望というものなのだろうか。 それはとても幸福な感情だった。 だが、何故だろう。 同時に、どこからともなく不安な気持ちがやってくるのは。 朝日が昇ってくるということは、同時に、陰の存在を知ることになる。 その時の私は、そのことに気付けはしなかった。 「新しい自分が消されてしまうという恐怖があるのかも知れないね」 医者に何となく相談してみたところ、そのような答えが返ってきた。 なるほど、確かにそうかもしれない。 不安の正体はそれだったのか。 私は、差し出された答えを、疑うことなく受け入れた。 まるで、他に存在するかも知れない答えの可能性から、目を背けるように。 医者の言葉を信じた私は、どこからともなくやってくる不安から目を逸らし、 記憶を取り戻すことに全力を投じた。 ただ、少女の為に。 それが、僕の願いであり、支えであった。 そして、その日は訪れた。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |