8 -



私を助けてくれた恩人である医者とは、

出会った当初は特に話すこともなかったのだが、

最近は話が途切れることがなくなるほど話していた。

日々起こる全てのことが発見であり、刺激であった。

少女よりも先に貝のいる場所を見つけられるようにもなった時には、

その日の晩の食事の際に素直に喜びを露にしたものだ。

充実してるね、と医者に笑いかけられ、

そうかも知れません、と、自然に笑い返すことができるようになっていることに、

自分のことながら驚いた。

考えてみれば、私には始め、何の活力も存在しなかった。

記憶を取り戻したいと言う、恐らく記憶喪失の人間なら誰でも持つであろう、

その渇望すら、私にはなかったのだ。

此処は、そんな私に、少しずつ力を与えてくれた。

記憶がなく、何者かも分からない様な得体の知れない、

余所者の私を、この村は温かく包み込んでくれる。

その居心地のよさが、嬉しかった。

この村にずっといられたらいい。

いつしか、そう考えるようになった。

しかし、活力が湧いてくると同時に、

記憶を取り戻したい、という気持ちも、少しずつ高まっているのを感じていた。

私はどこから来て、どこに行こうとしていたのか。

私は、何をしたかったのか。

何をしようとしていたのか。

気付けば、失われた過去に想いを寄せるようになっていた。

自分がどのような人間だったのか、知りたい。

それは、今の私の行動力の源でもあった。

しかし、それらを思い出してしまった時。

私は、此処にいられるのだろうか。

何かを得るには、何かを失わないといけないことがある。

過去の記憶を取り戻すことで、私は此処にいる理由を失くしてしまうのではないか。

どこかを目指していたと、医者は言っていた。

記憶を取り戻せば、私は再びその先を目指すことになるのだろう。

それは同時に、この場所にいる理由を失うことになる。

この居心地のいい場所を失ってしまうことは、

今の私にとって、故郷を奪われることに等しい。

そんなことは、今の私には耐えられない。

この場所にずっといたい。この温かい場所に。

けれど、このまま村人達の厚意に甘え続けたままでいいのだろうか。

記憶がないということを理由に、このままでいても、いいものだろうか。

やはりいつかは、自分の記憶を取り戻さないといけないのではないか。

それに、過去の自分が何をしたかったのか、そのことにはやはり興味がある。

けれど。

しかし。

様々な思いが、私の頭の中で交錯し、頭を抱えてしまった。

その時、ふと視界に入ってきた物があった。

少女にもらった、あの貝殻のお守りだった。


『いつか記憶が戻るように』


少女は、そう言っていた。

その期待に応えたい。

その想いだけは、確かだった。






                    -




∠long  ∠index