|
5 - ある日のことだ。
いつものように少女と浜辺を歩いていると、 少女が少し恥ずかしそうに照れながら、 私に何かを差し出してきた。 何だろうと受け取ると、綺麗な貝殻のついた首飾りであった。 「何て名前なのかは知らないのだけど、綺麗だったから」 そう言う少女に、その貝の名を教えてやると、少女は非常に喜んだ。 初めて私が講師の立場になれた瞬間だった。 嬉しくないと言えば嘘になる。 つまらない記憶しか残っていないと思ったが、捨てたものではなかった。 ヒモを通して、首から下げられるようになったその貝殻を、 「いつか記憶が戻るように、お守り」 少女は、そう言って私の首にかけてくれた。 その期待に応えられたらいいのに。 ぼんやりと、そう思った。 記憶が戻ったなら、私が昔見てきたであろう、 外の世界の話を彼女にすることができる。 その話は、きっと彼女が喜ぶものに違いない。 ならば早く記憶が戻ればいい。 やり方は分からないけれど。 少女からもらったその首飾りを、自室に戻ってからも何度も眺めた。 昔の私は、こんなに綺麗な物を見たことがあるのだろうか。 そう感じられる程、その貝殻は、私の目を捕えて離さなかった。 傍から見れば、きっと何の変哲もない貝殻だろうに、不思議だ。 どうしてだろうと悩んだが、答えは出なかった。 出ない答えにいつまでも悩んでいても仕方ない。 私の執着のなさは、相変わらずだ。 それよりも、私は重要なことに気付いた。 もらい物をされて、何も返さないのでは礼儀に反するのではないか、 つまりは何かお返しをした方がいいのではないか、ということだ。 何か彼女に渡せる物はないだろうかと考えるが、 しかし私の手元にも、そして頭の中にも、彼女に渡せそうな物は何もない。 困り果てた私は、医者に相談してみることにした。 私の話の一部始終を聞いた医者は、ふむ、と頷いた後、 「ならば、行商人に頼むといい」 医者の話によると、この村にはたまに外から行商人が物を売りに来るらしい。 実際に売りに行くのは別の街らしいのだが、その途中でこの村に寄ってくれる、 親切な行商人だということだ。 確かに、こんな小さな村では、自給自足だけではやっていけないだろう。 医者も、食料などはその行商人から購入しているらしい。 私は、その行商人が来るのを待ち侘びた。 自分にもそのような感情が残っていたのか、と、不思議に思う。 それとも、戻ってきたのだろうか。 失った過去の私が。 少しずつ。 かつての私はどんな人間だったのかは分からないが、 少なくとも、今よりは活気に満ちていたに違いあるまい。 でなければ、一人旅などしないはずだ。 今の私には、旅に出ようと言う気はおろか、この村から出て行こうなどという気力は、 これっぽっちも湧いて来ない。 それは、単に、今の私に意欲がないからなのか。 それとも、この村の居心地がよいからなのか。 きっと、その両方なのだろう。 とりあえず、行商人を待つのを楽しみにするくらいには、 何かに対する意欲は出てきていた。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |