|
3 - 翌日、医者に「少し体を動かした方がいい」と指摘され、
私は村人の仕事の手伝いをすることにした。 農作業か漁か、少し悩んだが、昨日海辺にいた少女のことを思い出し、 漁の方を手伝うことにした。 昇ってくる朝日の眩しさに目を細めながら、 浜辺に向かうと、既に舟の大半が海へと出ていた。 船着場には、申し訳程度の数しか残っていない。 どうやら舟が出るのはだいぶ早いらしい。 無駄足を踏んでしまったと溜め息をついていると、 後ろに誰かの気配がしたので、振り返ってみる。 「あら」 そこには、昨日の少女が立っていた。 「おはよう」 「おはようございます」 とりあえず挨拶をしてみると、笑顔で向こうも返してきた。 手には昨日と同じようなザルのような物を抱えている。 「随分と早起きなんですね」 「いや、何かできることはないかと思って」 本当のところは医者に言われたから出てきただけなのだが、 嘘でも口にすると、実際自分が何もできないことがもどかしく感じるのが不思議だった。 少女は私のその言葉を聞き、ちょっと考えるような素振りを見せた後、 「じゃあ、私の手伝いをしてくれませんか?」 そんな提案をしてきた。 特に断る理由もなく、また、「何かしないといけない」という、 妙な使命感も手伝い、私は二つ返事で了承した。 少女の手伝いとは、浜辺で取れる貝を集めることだった。 こんな浜辺でそんなに取れるものなのか、と思ったが、これが案外大漁だった。 目に見えるところには貝がなくとも、 少女の指すところを掘れば、自然と貝が出てくる。 まるで魔法みたいだ、と言った私に、少女は、 「こんなの、魔法でも何でもないですよ。誰でもできます」 そう言って、おかしそうに笑った。 私にも覚えればできるのだろうか。 できるようになるのであれば、覚えたいと思った。 思えば、これが私が記憶を失ってから初めて何かを覚えようと思った瞬間だったが、 その時の私は、少女の説明を聞くだけで精一杯で、そんなことには気付かなかった。 数時間程作業を手伝った後、少女はまた別の仕事があるから、と言い残し、 昨日と同じようにどこかへと去っていった。 何故か後ろ髪を引かれるような思いがして、 そっちの仕事も手伝いたいと申し出はしたが、 「素人にはちょっと難しい作業なんです」 という少女の言葉に、大人しく引き下がることにした。 船着場にはまだ舟が帰ってきていない。 随分と長い間作業をしてるのだな、と、見知らぬ村人に感心した。 することがなくなった私は、医者の下へ帰ることにした。 彼もまた、何かの仕事をしているらしい。 黙々と書類に何かを書き込んでいるのを見ると、 邪魔をしてはいけないという気になり、 そっと収穫物をテーブルに置いた後、 自室として貸してもらっている部屋に引きこもった。 手持ち無沙汰だった私は、部屋に置いてあった本を適当に手にとってみた。 しかし、何やら難しい医学書だったので、2、3ページめくっただけで閉じてしまう。 ただ、そこに何が書いてあるのかは読み取ることはできた。 自分が字を読めているということから、 自分が使っていたであろう文字の記憶も残っているのだな、と、 他人事のようにぼんやり考えた。 その日の晩に出た貝の料理は、どれも美味しかった。 この人は医者より家政婦の方が向いているんじゃないか、と、 思うだけで口にはしなかった。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |