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2日目の朝。

窓から差し込む朝日の眩しさに、目が覚めた。

どうやらあの窓は東向きらしい、と、どうでもいいことを確認する。

起きると、あの男性はいなかった。

あの後聞いた話によると、この村唯一の医者らしい。

白衣を着ていたから、確かにそうなのだろう。

記憶はないのに、医者は白衣を着ている、という認識を持っている。

そういえば、太陽が東から昇るもの、という認識もそうだ。

記憶はないのに、知識を持っている。

記憶喪失というものは、そんな症状らしい、と、その医者も言っていた。

全てを忘れている場合もあれば、一部のみを忘れている場合もあるのだが、

生活に関わるものは少なからず覚えているらしい。

と言っても、その医者も記憶喪失の症状にはさほど詳しくないらしいので、

どこまで正しいのかは定かではない。

とりあえず、今の私には、割とどうでもいい話ではあった。

どうせ、重要なことは何も覚えていないことに変わりはしないのだから。

誰かいないのだろうか、と、ベッドから起き上がり、外へ出てみる。

建て付けの悪い木製の扉は、ぎぎぎ、と軋みながらも、どうにか開いた。

昨日は活気がない、などと思ったが、それでも一応農村らしく、

朝も早いと言うのに、村人が畑仕事をしていた。

ふと目が合った村人に、「目ぇ覚めたのかーい?」と声をかけられ、手を振られた。

もしかしたら私を助けてくれた人かもしれないと、一応手を振り返しておく。

歯を見せて笑う表情に、好感を持たれそうな人だ、という感想を持つ。

向こうが私をどう思ったかは知らないけれど。

辺りを見回すと、同じような畑や民家が、ポツリポツリと建っていた。

更に見回してみると、少し離れたところに海が見えた。

そう言えば、潮の香りがする。

畑仕事より漁の方が盛んなのだろうか、と、そちらに行ってみようとしたのだが、


「やぁ、おはよう」


いつの間にか背後に立っていた医者に、呼び止められた。


「おはようございます」


挨拶を返すと、医者は微笑みながら「元気そうだね」と言った。

自分では今の状態が元気なのかそうでないのかよくわからなかったが、

特に異常も感じなかったので、「そうみたいです」と答えておく。


「では、朝食でも食べるとしよう」


医者に促されるまま、部屋に戻り、朝食を取った。

どうやらこの辺りは農業より漁業の方が盛んらしい。副食に魚の干物がついてきた。

昨日は何も食事をしていなかったので、少しがっつくように食べてしまった。


「元気な様で何より」


医者はそんな私を見て、嬉しそうに笑った。

恥ずかしくなり、その後は少し控えめに食事を進めた。

それでもおかわりは3杯ほどした。

朝食が終わると、医者が気晴らしにその辺を見てくるといい、と、私を外に出した。

彼は仕事があるらしく、外には出られないらしい。

あまり遠くには行かないように、と言われたが、

そもそもここがどこなのかさえ分かってない私は、

そんな無謀な行動に出るつもりはなかった。

扉を開けると、やはり潮の香りが鼻をついた。

どうせならそちらに行ってみようと、私は足を浜へと向けた。

約10分程歩き、浜に着く。

何隻かは浜に舟が残っていたが、大方は漁に出ているらしい。

何か話が聞けないかと期待していたので、少し残念だったが、

気持ちを切り替え、軽く散歩でもすることにした。

これも気晴らしには違いない。

深呼吸をすると、潮の香りとともに、生臭さのような臭いが鼻をつく。

やはり漁業をしてると、生臭さが体に染み付くのだろうか、

などと思考を巡らせていると、後ろから声をかけられた。


「あら、あなた」


振り向くと、そこには15,6歳くらいの少女が立っていた。

手には貝類が入っているザルのような物を抱えている。

日焼けした肌が少女の活発さを物語っているように見えた。

と言っても、この辺りで生活していれば、きっと普通に日焼けしてしまうのだろうが。


「もしかして、ドクターのところにいる人?」


あの医者のことだろうか、と考え、「そうです」と簡潔に返す。

すると、少女は、「やっぱり」と、少し嬉しそうに笑った。


「村の外から来た人ですよね?いろんな話聞けるんだって楽しみだったんです」


どうやら、私がこの村に来ていることは伝わっていても、

記憶喪失だと言う話は広まっていないらしい。

少女の期待を裏切るようで申し訳なかったが、仕方ない。

私は、過去の記憶を何も覚えていないこと、

その為少女に話せるようなことは何もないことを正直に打ち明けた。

少女は一瞬、残念そうな、それでいて気の毒そうな表情を浮かべたが、

次の瞬間には、


「そうなんですか、なら、ここでゆっくり休んでいって下さい。

この土地はとても過ごしやすいんですよ。

ここでゆっくり過ごしていれば、いつか記憶も戻りますよ。

その時には、お話を聞かせてくださいね」


そう言って、明るく笑った。

ここに住む人達は皆よく笑うな、と、ぼんやりと考えつつ、

私も「ありがとう」と返す。

上手く笑えたかは自信がない。

少女は仕事があるらしく、そのままどこかへ走っていってしまった。

もう少し話していたかったと、寂しさのようなものを感じながらも、

私は散歩の続きへと戻った。

遠くから聞こえてくる海鳥の鳴き声に耳を傾け、

あの鳥は何と言う名前なのだろうか、と、考えを巡らせる。

残念ながら、私の記憶の中に、あの鳥の名前は残っていなかった。

元々知らなかったのかもしれない。

自分は、一体どんなことを知っている人間だったのか。

ふと立ち止まり、考える。

私はどこまで覚えていて、

どこまで忘れているのだろう。

振り返り、自分の足跡を確かめてみる。

しかし一瞬後、波にさらわれ、足跡が消えていってしまった。

少女の足跡も、波にかき消されてしまったのか、確認できなかった。

私の記憶も、ああやって消えて行ったのだろうか、と、

そんなことを、やはり感慨なく考えた。

その日の晩ご飯は、やはり魚だった。

お代わりは控えめにしておいた。





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