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11 - 目の前の霧が、いつの間にか消えていた。
例えるなら、そんな感覚であろう。 目覚めた朝、僕は、静かな気持ちで朝を迎えた。 まだ、夢の途中ではないのだろうか。 先程の夢の中で見た景色が、今も続いているのではないだろうか。 そんな気持ちで一杯だった。 嗚呼、そんなはずはない。 そう、そんなはずはないんだ。 きっと此処はまだ夢の中で、目覚める途中なのだ。 そう自分に言い聞かせる。 静かだった湖面に、徐々に小波が起きていくように、気持ちが高ぶっていく。 その波を少しでも抑えようと、僕は必死に言い聞かせる。 だけど。 嗚呼、僕は知っている。 全てを思い出してしまったのだから。 それでも嘘だと言う気持ちが抑えられなくて、僕は寝床から飛び降り、 着替えもせず、外に飛び出した。 居間に医者の姿はなかったが、しかしそんなことはどうでもいい。 何故、何故僕は少しも疑問に思わなかったのだろう。 焦る気持ちが、言葉が、僕の脳を侵食していく。 外はまだ薄暗いけれど、陽が昇ってきていた。 朝だ。 嗚呼、いつものような朝だ。 けれど、僕は知っている。 いや知らない。違う。そんなの嘘だ。 でも、知っている。 これがいつもと違う朝だということを。 誰もいない、荒れ果てた畑を、見て見ぬフリをして、 僕は全力で村内を駆けていく。 民家がところどころに見当たる。 けれど、そのどこにも人の気配などない。 嘘だ。こんなの嘘だ。 そうだきっと夢だ。夢なんだ。 そして目覚めたらいつものように漁船に間に合わず彼女と釣りをして どうでもいい話をして僕は彼女と過ごして彼女も笑ってそこにいて そう全部いつも通りいつも通りだきっと僕はまだ夢の中で――― 波は、もう高波となっていて、止めることなど不可能だった。 それでも僕は、駆けて行く。 いつものあの場所を目指して。 そこに行けば、きっと彼女が笑ってやってきてくれるのだと信じて。 ほんの僅かの距離が、とんでもなく長く感じた。 けれどきっと、辿り着くまでは一瞬だったのだろう。 それでも、僕には永遠にさえ感じた。 辿り着いたのは、いつもの浜辺。 いつものように、漁船は既に行った後で、そこにはほんの数隻しか舟が残っていない。 いや違うだろう?そこには最初からそれしか舟がなかったのだろう? どの舟も、行ったっきり帰って来ないだけで。 いや違う、そんなことはない、僕はいつだって間に合わなかっただけだ。 きっと実際には何隻も舟があるんだ、きっとそうなんだ。 心の中の自分が、自問自答を繰り返す。 真っ二つに分かれた自我が、ひたすらに問答を繰り返す。 そしてそれらの言葉全てを無視して、僕はただ浜辺で彼女を待つ。 此処にいれば来る。きっと来るんだ。 周囲を見渡す。 早く彼女が来てくれないかと。 この夢から覚まさせてはくれないかと。 どうか、どうか。 繰り返す。何度も何度も。 その時だ。 ふと、視界に見慣れたものが入ってきた。 それは僕の記憶の中にずっとあったもの。 何度も何度も見てきた。 けれど、それがあるべき場所は、そこじゃあない。 そこじゃあ、ないはずだ。 砂に半ば埋もれていたそれを、僕は必死に掘り出す。 安っぽい、地味な装飾の、けれど、とても彼女に似合いそうな、 それと同時に出てきたのは、ぼろぼろになった布と。 そして、白い、大きな、石のような。 嗚呼、この物体の名前は、何と言っただろうか。 知っている。知っているだろう。 だって全て思い出したのだから。 けれど名前が出てこない。 嗚呼、この白くて複雑な形をしている、石の名前は。 ――君だ。 何故疑問に思わなかったんだろう。 思い出した名前の中に、君の名前があったことを。 友人であった、けれど僅かにそこに恋愛の感情があったことを。 何故、思い出さなかったのだろう。 思い出せるわけ、ない。 此処が現実だなんて。 僕は、信じたくない。 誰か、嘘だと言ってくれ。 お願いだ。 全て、嘘だと。 こんなの、嘘だと。 僕は、信じない。 信じたくない。 いっそ、夢であったと。 誰か、そうだと。 例え、もう誰もいないのであっても。 お願いだから。 こんな記憶は、嘘だと。 言って、くれ。 青年は、あらぬ限りの声を用い、叫び、涙した。 けれどその慟哭は、既にその役目を果たした、白骨の小さな穴を通り抜け、 そして、潮風の中に消えていった。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |