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どこまでも続く空の間で #7 - 正直に言ってしまえば、俺は浮かれていたワケだ。
初めて見たロスト、そこで出会った女の子。楽しかった何気ない会話。 まぁそんなワケで、俺ってば肝心なことを忘れていたのだ。キレイサッパリ。 「…ブレーキレバー、ぶっ壊れてたんだよなー…」 気付いたのはキールの車庫に突っ込んでからだった。 コレ以上ないくらいの派手な音を立て、車庫の中を散々にしながら、俺は不時着した後で呟いた。 ここでもまた奇跡的に一命を取り留められたのは、思うに俺の日頃の行いのお陰に違いあるまい。 いやそもそも、そんな酷い目に遭ったのも自分のせいだろとか突っ込まないで欲しい。 「…ほれ見たことか」 車庫の上に位置する事務所から顔を覗かせたキールが、呆れた顔で呟いた。 「だからちゃんと整備しとけって言ったんだ」 「…面目ない」 「まぁ自業自得だよな。コレに懲りたら少しは整備もやってくれ」 「…最善を尽くそう」 「あー、あとそこの修繕費。お前の給料から引いとくから」 「…おう」 「それと、遅かったからお前の昼飯抜き。そこも片付けとくように」 「…鬼」 「当然だ」 んじゃな、とキールは言いたいことを言って、タバコを吹かしつつ階段を上っていった。 とりあえず俺は、ヨガな状態のこの体勢をどうにかしよう、と考えた。 「それにしても遅かったな」 車庫を一通り片付け、ブレーキレバーに応急措置を施し終えて、事務所に戻った俺に、 キールはお疲れ、と言った後でそう口にした。 瞬間、ぎくり、と固まる。 まさか、調子に乗った運転していたらサケメから落ちてそのままロストまで行ってました、 なんて言えない。そんなこと言ったら、絶対ネチネチと説教された挙句、 不手際がどーのとか精神がなってないとか言って給料がまた引かれるに違いない。 なんだかんだでケチくさいヤツなのだ、このオヤジは。 ここは適当にお茶を濁しておかねば…と思うものの、咄嗟に言い訳が思いつかない。 「あー…まぁ、その、いろいろ…」 ソファに座り、言い訳を考える俺をいぶかしげに見つめた後、キールは煙を吐きつつ、 「お前のことだ、ほったらかしにしてた制御装置が、 無茶な運転やらかしたお陰でぶっ壊れて、そのまま地上まで落ちてたんだろ?」 「っげ、何でわかった!?エスパー!?」 「はぁ?何言って…ってお前、ホントにロストまで落ちたのか?」 珍しく驚いた顔をして、キールが俺に尋ねてきた。 どうやらヤツは冗談のつもりで言っていたらしい。 あぁぁ、コレが噂の誘導尋問ってヤツか…?いや違うだろうが。 仕方ない、こうなったら白状するか… 「いやまぁ、その、ちょーっとトラブって、な…」 恐る恐る口にした俺を見て、ほとほと呆れたと言った顔をするキール。 「…アホだアホだと思っていたが、ここまでとはな… あそこは基本的にはエデンの人間は立ち入り禁止なのはお前も知ってるだろーが」 「まぁ、一応」 何故そんな決め事があるのか知らないが、 エデンの人間はロストには近付いてはいけないことになっている。 単純に、ゴミだらけで汚くて危険だからだろうと考えていたのだが、 しかしそれはあくまでただの予想で、本当の理由を俺は知らない。 キールはタバコを灰皿に押し付けると、ふと真面目な表情になり言葉を続けた。 「いいか、あそこが立ち入り禁止なのは、あの場所が俺達にとって有害だからだ。 水、空気。生きていく上で必要なモノのほぼ全てが多かれ少なかれ毒されていて、 この温室のような世界に守られ暮らしてる俺達には、その環境は余りにも過酷過ぎる。 免疫がないからな、弱いヤツはまともに生きてられん。 お前はどうやら無事みたいだが…鈍感なのがよかったみたいだな」 「…褒めてないだろソレ」 「いやいや、誰にでも取り得は1つくらいはあるもんだなと」 「…絶対フォローじゃない」 キールの言葉は引っかかったが、なるほど、立ち入り禁止なのはそんな理由だったのか。 確かにあそこは息苦しかったな、と思い出す。 長時間いたら、危険なのかもしれない。 まぁ、それでなくてもここでの便利な暮らしに慣れ過ぎてしまい、 あんな不便そうな世界では、こんな温室で生活している俺達には、 空気云々の前にまともに生活していけないだろうが。 何より、空が見えない。これが一番息苦しい理由だと思う。 しかし、カシスはそんなところで生きているのだなと、改めて驚いた。 彼女の生い立ちは知らないが(つーかまだ何も聞けてないけど)、 人間の暮らせない土地ではないんじゃないだろーか? 住めば都、なんて言葉もあるくらいだし。 いろいろと思案する俺の姿を見て、機嫌を損ねたとでも思ったのだろうか、 キールはタバコに再び火を付けると、宥める様な口調で、 「まぁスネんな。無事でよかったじゃないか。とにかく、あそこはよくない。 近付くのはやめとけよ。機体の整備さえしときゃ落ちるわけないし。 ま、あそこはただのゴミ溜めだ。わざわざゴミに近付くこともないだろうが」 何気なく言った言葉なのだろうが、 まるでカシスのことまでゴミと呼ばれた気がして、俺はムッとなった。 「別にそこまで言わなくてもいいだろ…その、人間だっているんだし」 「いや確かにいるが…って、何?お前、あそこで人間に会ったのか?」 あぁしまった、また言ってはいけないことを言ってしまったか俺ってば? キールは、どうしたもんやら、と呟いて、顔をしかめていた。 あー、またマズイことしたのか俺…? 「な、何かまずかったか…?」 「まぁな…人との接触は避けないと、ちょっと、な」 「何で?」 俺の問いに対して、少しの沈黙。 何かを考えるように、たっぷり1回タバコを吸った後で、キールが口を開いた。 「…わからんか。あんな汚れた世界に住んでいて平気なヤツらだ、 何を考えているかわかるまい?ヤツらは野蛮人と同じさ。 俺達から身包みを剥ごうとしたり、 それこそ、地上に捨てられたなんて言って、 空の人間に恨みを持って襲ってくるヤツだっているかもしれない。 そもそも、あんなゴミの世界で生きていけるんだ。 何を考えてるんだか、わかったもんじゃないだろうが」 「んな、それちょっと言い過ぎじゃ…?」 「いーや。そうなんだよ。お前がたまたま大丈夫だっただけだ」 やけにガンコに言い放つキール。 …そういや、何でコイツ、地上のことなんて詳しいんだ? もしかして、俺が知らないだけで、常識だったりするんだろーか。 それにしても。 キールの言ったことには、ちょっと賛同しかねる。 野蛮人といえば、確かに、そうなのかも知れない。 俺はロストについて詳しく知らないけれど、 恐らく空の人間が、地上に生きている人間がいるだなんて知ったら、 (周知のことかもしれないけど)皆キールみたいに考えているのだろう。 汚れた地上で浅ましく生きる、ゴキブリのような連中だと。 でも。 カシスは、あんなにいいヤツだったじゃないか? 俺の傷見て、本気で心配そうな顔したり、空の話に純粋に興味を持っていた、 どこにでもいそうな、優しい女の子だった。 彼女まで、キールの言ってるような地上の人間だとは、思えない。どうしても。 「…そんなヤツらのコトを、嗜好するヤツがいるんだから世の中不思議だなぁ」 キールは吸い終わったタバコを灰皿にグリグリと押し付けた後で、独り言のように呟いた。 「…嗜好?」 上手く聞き取れなかったが、確かにそう言った気がする。どういう意味だ? 「ん、あぁ何。お前は知らなくてもいいことだよ、と」 ソファから腰を浮かし、自分の机の方に向かって歩いていくキール。 何だよと問いかける前に、小包が鼻先に投げつけられていた。 ジャストミートする前にどうにか片手でそれを防ぐ。 「ホレ、それよか、午後の仕事だぞ、と。 ちゃんと整備してから行けよ。 もうロストには落ちないよーに、な」 何だか上手く誤魔化されたようで、釈然としなかった。 それに、もうロストには近付くな、と言われている様で。 …いろいろ考えて何だか胸が気持ち悪い。 こんな時は、空を飛んでスカッとするに限る。 やっぱり考えるよりも、行動することの方が性にあってる。 そう考え、俺は空腹であることも忘れて、何も口にしないまま午後の仕事に向かった。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |