どこまでも続く空の間で #6 -


彼女の後を追って辿り着いたところは、海の側に面した小高い丘だった。
捨てられた世界とはいえ、さすがに全てが全てゴミで覆われているわけではないらしく、
辺りは結構小奇麗だった。もしかしたら彼女が掃除したのかもしれない。
日当たりが悪いせいか、ところどころ枯れたりしている成長の悪い草花が、
それでも力強く地面を覆っている。
土を踏み鳴らしてできた道の先には、彼女が住んでいるらしい、古ぼけた家が建っていた。
過去に存在したというロッジハウスのような佇まいで、なかなか雰囲気がいい。
その隣には、道具をしまって置くためのものか、小さな小屋もあった。
彼女は扉を開け、中を見回していたが、しばらくすると戻ってきた。

「いつもは祖父がいるのですが、今日はいないみたいです。
えと、とりあえず、汚いところですがどうぞ…」

一緒に住んでいる人がいるのか、とここでまた少し驚きつつ、
俺は案内されるままに家の中に通された。
汚いとは言ったが、家の中はとてもよく整理されていた。
きっと綺麗好きな子なのだろう。
こんな世界に住んでいるから、てっきりその辺には無頓着なのかと思ったが、
どうやらそれは誤った先入観だったらしい。
いやむしろ、こんな世界だからこそ、せめて自分の身の回りだけは、ということなのか。
リビングを素通りし、彼女の寝室なのか、ベッドのある部屋に通され、
そこに俺を座らせると、少女は再び部屋を出て行った。
何となく部屋を見回す。そういえば、女の子の部屋に入るのは初めてだ。
想像では女の子というものは部屋をいろいろと飾るものだと思っていたのだが、
少女の部屋は殺風景だった。とりあえず生活に必要なものだけは一通り揃っていたが、
女の子らしい装飾の類は一切ない。
ただ住んでいる。そんな印象だ。
しばらく部屋を見回していると、少女が薬箱を持って戻ってきて、
慌てて視線をやってきた彼女の方に戻した。
少女は中から消毒液と包帯を取り出すと、慎重な、というよりも、
ビクビクした手つきで俺の足の処置をしてくれた。
血が苦手なのだろうか、なんて思っている内に、処置は終わったらしい。
包帯は何とも頼りなく足に巻きついていたが、出血はこれでどうにかなりそうだ。

「サンキュ。お陰で助かったよ」

「あ、いえ、そんな…」

傷の治療を終えると、少女はベッドから離れたところにあった机の椅子に腰を落ち着けた。
それから、果たしてどうしたものか、と思案する。
いろいろと聞いてみたいこともあるが、どこから聞いたものか。
まさか、ロストに人が住んでいるとは思わなかった。
ありとあらゆる汚いモノを地上に押し付けた。そうとしか俺は知らなかったから、
まさかその中に人も含まれていただなんて思わなかったのだ。
つまり、この子は捨てられたモノの1つなわけで。
…そういう事情も、あったのだろうか。かつての人類には。
その辺に迂闊に触れるのは悪いだろうかなんて考えていると、

「あ、あの」

恐る恐ると言った様子で、少女が声をかけてきた。

「何?」

「え、と…あなたは」

「あ、ゴメン自己紹介してなかった。俺、クゥ。空で便利屋やってんだ」

「あ、クゥさんですか。えと、私はカシスと言います」

「そっか、よろしくなカシス」

笑いかけると、カシスも、ちょっと笑ってくれた。
柔らかいその笑みは、なんていうか、見ていてほっとするものがある。
さっきから自信のなさそうな顔ばかり見ていたせいだろうか。

「で、その、ということはクゥさんは、やっぱり空から来たんですか?」

「あぁ、うん。さっきも言ったけど、便利屋でね。配達途中でちょっとトラブってここに」

「はぁ、便利屋さん…?」

イマイチピンと来ない、と言ったカシスに、少し考えてから、

「ん〜、まぁ、頼まれたら何でもする、っていう仕事なんだけど。
基本的には荷物の配達やってんのさ。ほら、さっきの乗り物使って」

「へぇ…凄いですねぇ」

そう言って、カシスが尊敬の眼差しで見つめてきた。
そんな類の視線は受けなれているはずなのに、何故だろう、妙に照れた。
彼女の瞳が、やけに印象強いせいだろうか?

「いやまぁ、大したことじゃないけどさ。楽しい仕事ではあるけど」

自分で言ってて照れくさくなって、はは、となんとなく笑ってみせる。

「えぇ、本当に。とても楽しそう」

「え、わかる?」

「顔が、とても嬉しそうですから」

言われて、自分が思いっきりだらしない顔をしていることに気付いた。
うっわ、何だ俺。別にそこまで嬉しいことじゃないだろうに。
ただ、彼女に話を聞いてもらえると、何だか気分がウキウキしてくるっていうか、そんな感じっつーか。

「私には、きっと想像もできないような凄いところなんでしょうね、空の上って」

少し寂しそうに言うカシスに気付いて、俺はハッとなった。そのまま口をつぐむ。
地上で暮らす彼女にとって、空の世界は別世界なんだろう。
俺が、この地上をまるで異世界のように感じたのと同じように。
そんなカシスの前で、楽しそうに自分の世界の話をするのは、少し気が引けた。
自分だけが知っている解放的な世界。
それを語るのは、この閉鎖的な世界で暮らす彼女には、残酷なことになるのではないだろうか。
俺が楽しく空の上で過ごしている間、彼女は空をロクに見ることも出来ずに暮らしてきた。
息苦しいこの世界に捨てられ、楽園をただ見上げることしかできない。
それが可哀想に思えて、楽しげに語ってしまった自分に少々嫌気が差した。
俺って、どーしてもこういうところで気配りに欠けるんだよな…
無頓着っつーか、無遠慮っつーか…
気まずくなって黙ってしまった俺を見て、彼女は少し慌てて、

「あ、いえ、あの、ただ羨ましいなって思っただけで、大丈夫です。
それよりも、よかったらもっと空の話を聞かせてくれませんか?」

そう言って、安心させるように、ニコリ、と笑った。
どうやら、彼女は気にしてないらしい。
よかった、と俺は胸を撫で下ろした。
それに、彼女も空に興味があるらしい。
ほっとすると同時にそれが何だか嬉しくて、それならばと話し出そうとしたところで、

「あっ!」

「ふぇ!?」

突然声を上げたことで彼女を驚かせてしまったが、それどころじゃない。
慌てて腕時計に目を向ける――んげ、もうとっくに配達予定時間過ぎてるし!

「ゴメン、俺もう行かなきゃ!」

立ち上がったところで少々足の傷が痛んだが、それどころではない。
早いところ戻らんと、キールの大目玉を食らってしまう。
ていうか、既にどやされるのは確定な気もするが、とにかく早く戻らないと。

「あ、ごめんなさい引き止めてしまいましたか…?」

「いやいや、そんなことはないよ、大丈夫!オールオッケ!」

とてつもなく申し訳なさそうに呟く彼女に、こっちが申し訳なくなり、
必要以上に大声を出しつつ、俺は扉を開けた。

「それじゃっ!」

「あ、あの!」

走り出そうとしたところで、カシスが今までにない、力強い声で俺を呼び止めた。
が、それもあっという間に萎んだかと思うと、恐る恐ると言った様子で、

「ま、また来てくれますか…?」

思わずキョトンとしてしまった。何故なら俺は、また来る気満々だったからだ。
話したいことを、まだ1つも話してないし、彼女のコトだってまだ全然知らないし。
まるでねだってはいけないようなものをねだってしまったという様子のカシスが、
何だか可笑しくて、俺は軽く噴き出した。
何で笑われてるのかわからないといった表情のカシスに、俺は親指を立てて見せ、

「当たり前!次はもっと沢山いろいろ話そうな!」

「あ、は、はいっ」

途端、満面の笑みになるカシス。いや、そこまで喜ばれると何だか恥ずかしいんだけど。
気恥ずかしくてそのまま走り去ろうとして、言い忘れていたことを思い出し、再び振り返る。

「あ、それと」

「はい?」

「敬語じゃなくていいよ、話す時。
名前も呼び捨てで。そっちのがラクだし、何より嬉しいし」

「あ、はいっ」

「はい、じゃなくて、うん、ね」

「あ、そーでした、って、あぁまたっ」

慌てて訂正しようとする彼女が何だか可愛くて、
そのまま見ていたかったが、そうもいかない。
名残惜しかったが、俺は、

「次来る時にはちゃんとできてるよーにっ!」

とだけ言うと、そのまま自分の血痕を目印に走り出した。
彼女が一生懸命「うん!」と叫んでくれたのを背中越しに確認しつつ、
俺はふらつきながらも、下り坂を一気に駆け下りていった。






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