どこまでも続く空の間で #5 -


「ハァ、ハァ、ハァ……っぶ…なかっ…た…」

心の底から脱力して、俺はその場にへたり込んだ。
激突の寸前、俺は子供達の前で見せた、
建物への垂直飛行と同じ要領で機体を上に向け、全力でアクセルを回した。
その結果、落下速度はどうにか俺が死なない程度にまでは収まり、
地面に激突しつつも俺はこうして今もどうにか呼吸している。
着陸したところに、ゴミが積まれていたのも幸いだった。
ゴミがクッションの役割を果たし、衝撃を吸収してくれたのだ。
イヤ全く、ゴミも侮れないものだ。感謝せねば。
機体もどうにか無事だ。ところどころ傷やヘコミは見られるが、
多分まだ飛べるだろう。奇跡としか言いようがない。

「ふぅ…」

呼吸がようやく整い、冷静さを取り戻したところで、俺はその場で立ち上がった。
辺りを見回す――ロスト。人類がかつて住んでいた世界。
実際にこんな間近で目にするのは初めてだった。
なるほど、確かに捨てるに値する。エデンとは大違いだ。
まず目に付くのがそこら中に捨てられたゴミの数々。
恐らくこの辺が集積所か何かであると言うこともあるのだろうが――
それにしたって、この有様は酷い。
まさに無差別に廃棄したと言った有様で、いろんなものが落ちている。
まぁ、エデンの人々が今も空から要らないものを捨てているという話だから、
それのせいもあるのだろうが。
ゴミは、紙やプラスチックといった細々としたものから、
腕のようなもの一本だけが生えた、やけに大きな機械、
また、エアバイクの原型のような乗り物もあった。家のようなものまで捨ててある。
少し高台に位置するここからは、海と呼ばれる、
大量の水が地表の大半を覆っているというものの一部が見えた。
かつて海は、人々の目には美しい青色に映ったらしいが、今の俺の目には、
ただひたすらに濁りを極めた、ドス黒い毒の水たまりにしか見えない。
あの中に潜ったら、恐らく1秒と生きていられまい。そんな気がする。
空気も悪い気がする。さっきからどことなく息苦しい。
フラフラするのは、気圧の変化によるものもあるのだろうが、
やはりこの辺は空気が悪いのだろう。
そう思い始めたら、いてもたってもいられなくなった。
早くこの地を去らねば。他の皆も、口をそろえてここには近寄るなと言っていたし。
何よりここからは。
ふと、上を仰ぎ見る。そこに、空はほとんどなく、
雲のように浮かぶ無骨な島々が、視界の半分以上を埋めていた。
そのせいか、昼間なのに、辺りは薄暗く感じる。
空のない世界。
こんな、息苦しい世界じゃ、誰もいたくないに決まってる。
けれど、これも人のしたこと、なんだよな…
生きるためだったとはいえ、ここまで汚してしまったのは、他の誰でもない、俺達で…
っと、いけない。仕方がなかったんだと割り切るしかないんだ。
気持ちを切り替えて、歩き出そうとしたところで、足に鈍い痛みがあることに気付く。
さすがにさっきの着陸では、無事に、というわけにはいかなかったらしい。
右膝の辺りがパックリと開き、生々しい赤い色をした血が、じくじくと流れている。
既に、膝から下はほぼ赤色に染まっていた。
怪我をしていたことに気付いた途端、痛みが急激に襲ってきた。
うげ、クソ。痛みはどうにか我慢するにしても、せめて止血はしないと…
こんな不衛生なところじゃ、黴菌が入ってあっという間に化膿してしまいそうだ。
が、止血しようにも、包帯なんてもってやしない。
服を破ろうかとも思ったが、コレは実はお気に入りの一品だ。
できれば破りたくは…なんて考えは甘いか?あぁどうしよ…

がたっ

不意に何かが崩れる音がし、俺は反射的にそちらを振り向いた。
そして、そのまま呆気に取られる。
そこには、俺と同い年か、それより少し下くらいの女の子が立っていた。
病弱なまでに白い、雲みたいな色をした肌、同じ色の厚手の白いワンピース。
腰の辺りまで伸び、先の方が少し跳ね気味の髪の毛までも真っ白で、まるで彼女だけ、
この薄暗い世界から隔離されているかのような印象がある。
そして何より印象的なのが、白の中にあって、ただ1つハッキリと浮かぶ、目の色。
それもただの目ではない、両の瞳の色がそれぞれ違う、オッドアイ。
左目がまるで血の様に赤く、右目は、澄んだ青色をしていた。
覗き込むと吸い込まれそうなくらいキレイで、俺は呆然とした。
いやそれはもちろん瞳のことで、彼女に対してでは、
あぁいや決して失礼な意味ではなく、ていうか彼女も十分可愛くてって何言ってんだ俺。
いやいや、それよりも何よりも。
こんなところに、人が…?
呆気に取られている俺を見て、少女は一瞬、明らかに驚いた顔をした。
どうやら、相手にとっても、人がここにいることが驚きだったらしい。
しかし俺の足から血が垂れ流し状態になっているのを見ると、
彼女は一転して、とてもオロオロとした、弱々しい顔になった。

「あ、あの…」

「へ、あ、ハイ?」

おずおずと発せられた声はか細く、それでもよく通る声をしていた。
彼女は形のよい眉をハの字にして、泣きそうな顔をしながら、

「い、痛くありませんか?」

とてもボケたことを言った。
この傷で痛くないというヤツなんて、ただの痩せ我慢か、もしくは変態だけだろう。
しかし俺は、律儀に答えることにした。

「あ、いや、まぁそこそこに…それよか、今は血の方が、ちょっと」

「あ、ですよね、えぇっと、うんと…」

少女はしばらく迷った後、

「ウチに来て下さい。簡単な処置くらいならできますから…」

そう言って、早足で、元来たらしい道を歩き出した。
早く俺の傷をどうにかしたいらしいのか、慌てているみたいだが、
あのさ、俺、怪我人なんだけど…
が、声をかけようとした時には、少女は既に見失いそうなくらい遠くにいた。
うげ、意外と足早い?
このままじゃ見失ってしまうと、仕方なく俺は痛い足を引きずりながら、
少女の後を追いかけ始めた。
エアバイクを置きっぱなしだが、まぁ見失うことはないだろう。
点々と地面に続く自分の血痕が、目印になるだろうし。






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