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どこまでも続く空の間で #3 - 「いつもいつもお疲れ様、クゥ」
「いえいえ、これからもご贔屓にー」 なじみの客に一礼し扉を閉めると、俺は一息ついた。 配達の仕事は午前中に終わり、これから事務所に戻るところだ。 やっぱりこの仕事は早さがウリだろう。多少の雑な運転は大目に見ろってな。 さて、どうせ事務所に戻っても面倒な雑務があるだけだし、少し休んでから行くかな。 バレたらキールにまた怒られるだろうな、なんて思いながら、 エンジンを切ったエアバイクに跨り、俺は眼下に広がる風景を見下ろした。 この辺りの街並みは、かつてこの星がまだ健康だった頃に存在した、 どこかの国の中の街並みをイメージしているらしい。 白いレンガ造りの、古ぼけた感じの家々が、段々畑のように下へ下へと連なっている。 頂上の方から見ると、まるで空の下まで続く巨大な階段のようで、 見ていて圧倒されるものがあった。 島を浮かすことができるほどテクノロジーが進んでいるこの世界の中で、 こんなレトロな風景を作り上げた人は、とても偉大だ、と思う。 この風景は、きっと何十年、何百年経っても、人々に愛されて行くのではなかろうか。 少なくとも俺は、仕事の合間にこういった風景を見ることができることを、 とても嬉しく思っている。 キールのヤツには、ロマンチストぶるななんてバカにされるけど。 それから数分、風に当たりながら風景を眺めていたが、不意に身体がうずうずしてきた。 こうして静かに風を感じながら静かに過ごすのもいいけど、 やはり空を自由に飛ぶ感覚には適わない。 自らが風を生み出し、空の一部になっていると錯覚してしまうほど、 空を飛ぶことは気持ちがいいのだ。 俺にとって、あの浮遊感は既に麻薬に近い。 何度経験しても、全然足りない。 やっぱり俺には、この仕事が向いているなぁ、なんて、少し自惚れてみた。 「よっしゃ、それじゃいっちょひとっ飛び行きますかねっと」 キーを回し、シートに跨り直してアクセルを回すと、 ブゥンと威勢のいい音を立て、エアバイクがふわりと浮いた。 こういう高台からは、落下しながら飛ぶのが気持ちいいのだ。 落下しているというスリル、また重力により加速がかかり、増すスピード感。 あのギリギリの緊張感が、たまらない。 地面スレスレの飛行だと、それが更に増す。 この場所からだと、まるで階段を駆け下りていくような気持ちになれるのだ。 それがまた、たまらなく気持ちいい。 想像だけでは耐えられなくなってきて、俺はアクセルを更に勢いよく回すと、 ウィリーの姿勢で、スタートを切った。 エンジン音が激しく高鳴り、全身にGがぐっとかかる。 眼前にあった地面がいきなり途切れたのを確認すると、制御装置の段階を軽くする。 途端襲ってくる落下感。 体勢を下に向き直すと、そのまま重力に逆らうことなく、急加速していく。 風がモロに顔面に激突しては横に流れ、まるで俺に翼が生えたかのように錯覚させた。 レンガで出来た歩道の上空3メートル辺りのところを、俺はアクセル全開で突っ走る。 すぐ下には、道行く人々が俺を見ては驚いたり、「またか」と呆れた顔をしていた。 俺のこんな行動は、既にこの辺じゃ有名だ。 ただの暴走野郎と言う目で見るヤツもいれば、憧れの眼差しで見てくるヤツもいる。 それら全ての視線を受け止めることが、たまらなく気持ちいい。 ほんの少しだが、ヒーローのような気分になれるのだ。 「クゥー!」 突然誰かに呼ばれ、声がした方向を向くと、 小さな子供達が数人、こっちに向って手を振っていた。 憧れの眼差しを投げかけてくる、代表的なヤツらだ。 その視線が純粋な分、余計嬉しい気持ちになる。 思わず得意げな気分になり、ニヤリと笑ったまま手を振り返してやると、 今度は驚いたような声が飛んできた。 「あぶなーい!」「前!前!」「ぶつかるー!」 瞬間、反応して目の前に向き直る――そこには、視界一杯に迫ってくる、白いレンガの壁。 「っげ!」 激突の瞬間を想像して、子供達が甲高い悲鳴を上げる。 しかし、俺が驚きの表情を出したのは一瞬で、次の瞬間にはまたニヤリと笑い、 急ブレーキをかけつつ機体を垂直に上に向け、すぐさまアクセルを全力で回した。 爆発音とともに、白い軌跡を残しながらまっすぐ空へと伸びていく機体。 まるでミサイルのように飛んでいく俺とエアバイクを見て、子供達からワッと喜びの歓声が上がった。 歓声に応え、ニッと笑いながら手を振ってやる。気分はホント、にわかヒーローって感じ。 もちろん、俺のさっきの一連の行動は、演出だ。 エアバイクの運転において、最も重要なのは回りのコトをよく見ること。 余所見運転をしつつも、自分の進行方向には常に気を配る。 コレができなきゃ、エアバイクを運転する資格などない。 いや、普通は余所見運転もダメなんだけど、まぁその辺は俺のポリシーってコトで。 まぁ俺くらいのレベルになると、無意識中に前方確認を行っているものだが。 「クゥすげぇー!」「もっともっとー!」「かっこいー!」 「ハッハー、任せろー!俺の運転はこんなもんじゃぶはっ!」 いきなり視界が暗闇に覆われ、口の中に柔らかい何かがぶち込まれ、 湿った布の感触と洗剤の臭いで、 あぁつまりコレは洗濯物が俺の顔にかかったのだなとわかった。 「クゥだせぇー」「なさけけなー」「かっこわるー」 途端襲ってくる罵声。うわひでぇ。誰にだってミスはあるものだろうがチクショウ。 「うるせー!てめーらハネ飛ばすぞ!?ペッペッ」 洗濯物を顔から取っ払い、子供に向って大人気なく中指を立ててみせる。 ったく、いいんだよ別に、死ぬほどのミスじゃなけりゃあ。 全く、子供ってのはホントもーかわいくねー。 さっきまでと言ってることが違う気もしたが、まぁいい。 細かいことはすぐに忘れるのが俺のいいところだ、多分。 俺は生意気な子供達とオサラバすると、再び階段のような街並みを勢いよく下り始めた。 ここで、スピードメーターの最高速度を超えて走ることが俺の日課だ。 島と島の境目――通称サケメという――のギリギリまでアクセルを回し切る。 島が途切れたところで、上に向って飛び跳ねるように飛んでみるのが、とても気持ちいいのだ。 チキンレースのようなスリルがあって、たまらない。 まぁもっとも、このレースは失敗したら地表までまっ逆さまに落ちてしまうワケだが。 さすがにその辺は抜かりがない。ていうか、落ちるのは余程のバカだろう。 そうこうしてる内に島の端が見えてきた。俺は身体を深く沈め、さらに速度を出そうとする。 そしてサケメの手前で急上昇――しようとして、誤算が起きた。 上に浮き上がろうとしても、ちっともその兆候が現れないのだ。 もしや、コレは、その、つまり、 「機体がイカれたぁ!?」 気付いた時には遅かった。視界一杯は既にサケメが占拠していた。 『お前みたいな運転してると、その内イカれるぞ?』 キールの説教じみた声が、まるで走馬灯のように頭に響く。 ってオイ、冗談じゃねぇぞチクショウ!? しかし悪態ついても相棒が機嫌を直す兆候はなく、 俺は獲物を待ち構える獣の口を髣髴させるサケメ目掛けてまっすぐに突っ込んでいった。 あぁ、こんなところに落ちるのは余程のバカだと言ったのはどこのどいつだ、 って、あぁチクショウそりゃ俺だよ! 1人ボケツッコミも空しく、俺は地表――ロストと呼ばれる、 かつて世界が存在した場所目掛けて、自己最高速度を余裕でぶち抜く速度で落下していった。 ≪ - ≫ ∠long ∠index |