海に行こう -


「海に行こう」


朝一番の屋上でシバサキサクラはそう口にし、


「…あぁ?」


ヤマザキシゲルは肯定とも疑問とも取れる返事をしたので、

シバサキサクラはお供を連れて海に行くことにした。





「大体お前の行動はいつも突飛すぎるんだよ」


ガタンゴトンと揺れる電車の中、ヤマザキシゲルは説教とも独り言ともとれる言葉を漏らす。

シバサキサクラは彼を見向きもせず、窓の外ばかり見てるので、この場合独り言になるのであろう。


「いくらなんでも丸一日サボりはまずいだろーが」


電車の揺れに応じて、ヤマザキシゲルの口元のカフェオレの紙パックがゆらゆら揺れる。

例によって飲みすぎてベコベコになっていた。

シバサキサクラはやっぱり返事をしない。


「どーすんだ言い訳…太陽が眩しかったとか言えばいいのか…」


はぁ、と彼はため息をついてみせるが、彼女は素知らぬ顔である。

彼らが乗っている車両には彼ら以外の人影は見えない。

隣の車両に1人か2人乗っているくらいだった。

ローカルな列車な上、時間帯が時間帯。

おまけに賑やかなところを抜けて人気のない方向へ向かっているので、乗ってくる客はまるでいない。

電車はこんなに静かなものだったのか、とシバサキサクラは少し感動を覚えた。

よって、ヤマザキシゲルの声が耳に入ってくるはずもなく。

彼の説教は、虚しい独り言に成り果てた。

ぶつくさと念仏のような声が響く車両は、暗いトンネルの中を、ガタンゴトンと静かに進み続ける。

やがて、窓の外がトンネルから海に変わると、彼女は降りる準備をし出したので、

彼もだるそうにしながら、口元のベコベコパックをゴミ箱に捨て、立ち上がった。



「海だ」


「海だなぁ」


「静かだ」


「静かだなぁ」


「ゴミが多い」


「ゴミが多いなぁ」


「泳ぎたい」


「…水着持ってきてねーだろ」


ヤマザキシゲルの呟きには耳を貸さず、シバサキサクラは一目散に波打ち際へと走っていった。

やれやれ、とため息をつきながら、彼はその場に腰を下ろした。

日差しはもう真夏並みの暑さであるが、さすがに平日。

泳いでいるのはサーファーくらいなもので、海は閑散としていた。


「休みの理由、どーっすかなぁ…」


波打ち際を裸足で走る彼女を見つめながら、誰にともなくもらしたその呟きは、やけに年老いて聞こえた。

シバサキサクラはといえば、いやっほーなどと能天気に叫びながら遊んでいた。

きっと彼女は、今楽しければそれでいいのだろう。

同年代とは思えないほど深く悩んでいる時もあるかと思えば、子供のように遊び回る。

一言で言えば気まぐれ屋。にしてはだいぶ上下が激しい気もするが。


「変わり者、の方が適切かな…」


そんなヤツに関わっている俺も十分変わり者かもしれないけど、と彼は笑った。


「ま、くよくよ悩んでても仕方ねぇか…」


今しかできないこと。せっかくだから、それを全力で取り組もう。

なんたって自分は若いのだ。くよくよするのは後でだって、それこそ爺さんになってからでも十分できる。

いつまでもグチグチ言ってても仕方ない。

それに、彼女を見ていると、悩んでいるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。

そもそも悩み始めた原因はシバサキサクラにあるのだが、しかし彼はそれをあえて無視した。

いつまでもこだわっていても仕方ないし。


「よっしゃ」


その場に靴を脱ぎ捨てると、彼も熱くなり始めた砂浜の上を走り始めた。

波打ち際まで辿り着くと、うおりゃーと叫びながら飛んだ。推定4メートルは飛んだ。

そしてシバサキサクラにラリアットをかまし。

盛大に音を立て、海の中に沈んだ。


「このヤロウ!何しやがるー!」


ざばりと顔を上げシバサキサクラはヤマザキシゲルに水をぶっかけた。


「1人だけ楽しんでんじゃねー!」


同じくざばりと顔を上げたヤマザキシゲルも、水をぶっかけて応戦する。

2人とも制服のままだということをお構いなしで、ざばざばと水を掛け合った。

これはあれだ、太陽が眩しいのが悪いのだと、ショートしきった頭で彼は考えた。

そんなんだから、気がつくと2人とも馬鹿笑いし始めていたのは仕方のないことなのだ。

夏の始まりを予感させる日差しの下、2人の生徒はひたすらに笑いあった。

楽しくて楽しくて仕方がないと言わんばかりに。

夏はまだまだこれからだと言わんばかりに、太陽が激しく自己主張していた。





「不平等だ…」


ヤマザキシゲルは呟いた。誰にともなく呟いた。

というより、誰も聞く者はいなかった。

誰もいないグラウンドを、ただひたすらに走り続ける。

海に行った翌日、出迎えた担任は、問答無用だった。

グラウンドを走り続けろ。授業が終わるまで。

バッチリ体育会系な担任には逆らえなかったが、彼は一応言ってみた。


「太陽があまりにも眩しかったもので…」


頭がへこむほど殴られた。太陽ではない何かがちかちかと眩しかった。

そして彼はひたすら走り続けている。

ちなみに何故彼1人しか走っていないのかというと。


「私、昨日アレだったんです」


シバサキサクラはそんな理由で切り抜けた。

下手に問い詰めればセクハラだなんだと騒ぎ立てられるのを恐れた担任は、

その一言だけで彼女を許した。


「不平等だ…」


彼はまた誰にともなく呟いた。

夏の太陽は、汗を滝のように流して走り続ける彼には、あまりにも眩しすぎた。






                   - 了


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