夜の過ごし方。 -


シバサキサクラは、夜を楽しむ。





暗い夜道を、一台の自転車がのんびりと進んでいた。

周りは田んぼと畑、たまに民家。つまりは田舎道。

たまに帰宅途中の車がヘッドランプで辺りを照らすが、しかし大抵は暗闇に包まれていた。

音はない。いや、虫の音が静かに響いている。

シバサキサクラは、そんな道路のど真ん中を悠々と進んでいた。

口元が綻んでいる。いや、ニヤニヤしている、と言ったほうが適切か。

たまに蛇行運転をし、無茶なハンドルの切りすぎで転びそうになりながら、それでもやめない。

かと思えば、首を90度近く曲げ、夜空を見上げながら運転したりする。

ハッキリ言って、車が通らなくても危ない。

それを承知の上で、シバサキサクラはこの状況を楽しんでいる。

いや、そんな状況を自ら作ることを楽しんでいる、というか。

夜空には満天の星空。月は満月のようで、しかし毎晩空を見上げている彼女は、

それがまだ熟しきっていない月であるということを知っている。

ちなみに、満月の夜の彼女はこんなものではない。たまに大声で歌ったりしている。

きっと彼女の中の野生の血が騒ぐのだろう。ちなみに、彼女は一応人間である。


(やっぱりこれがないとねぇ)


ニヤニヤと笑いながら、彼女は今度は辺りの景色を見渡した。

全くの暗闇かと思いきや、意外とハッキリと田んぼやら畑が月明かりに照らされているのが見える。

今夜は月の光が強いせいもあるのだろうが、しかし新月の夜でも完全な暗闇にはならない。

彼女はよく夜目が利くので、夜の風景をよく楽しんでいた。


(それなのに・・・)


車の路面を駆る音、それとヘッドランプの明かりが後ろから来たことを確認し、彼女は道の端にずれた。

10秒ほどして、無駄に眩しい車が通り過ぎていった。

見えなくなるのを確認した後、彼女はまた道路の真ん中に舞い戻る。

ため息をつきつつ、


(なぜあんな無駄な明かりをつけるのか)


風情が台無しではないか、と彼女は嘆いた。

それがなきゃ事故の可能性が激増することくらい承知しているが、彼女はなんとなく納得できない。

たまに無駄にたくさん並んでいる電灯や自動販売機を見かけると、ぶち壊したくなる。

(ちなみに、消えかけている電灯はあっても構わない。それも風情だ、と彼女は考えている)

彼女は電車に40分ほど揺られた先にある学校に通っている。

高校も存在しないこの場所と違い、そこには繁華街やらなんやらがあり、夜でも昼のように明るく、喧しい。

自分と同じ年代の若者がそこを楽しそうに闊歩しているのを見ると、彼女はどうにも納得できない。

もっと純粋に夜を楽しめば良いのに。

昼間あれだけ明るい中にいたのに、なぜ夜になってまであんなに眩しい場所にいるのか。

夜は暗く、静かであるから夜であって、あんなものは夜ではないのだ。

それが彼女の考え方であり、彼女なりの夜の楽しみ方なのである。

故に、彼女にとって、夜とは特別なものなのであった。

昼間に明るさを楽しんだのだから、夜は暗闇を楽しむ。

昼間とは違う、夜の風景を楽しむ。

暗闇と静寂の中に身を置くことで、彼女は安らぎを得ていた。


(都会に住むと、賑やかなのを好むようになるのかねぇ・・・)


憐れだなぁ、と彼女はまたため息をついた。

そこにまたヘッドランプと路面を駆る音がやってきたので、彼女は渋々脇にずれた。





「と、思うのだけれど、アンタはどう思う?」

蝉の鳴き声が聞こえ始めた、夏の昼。

学校の屋上(ちなみにサボり)にて、シバサキサクラは昔からの知り合いに尋ねた。


「どう思う、たってなぁ・・・」


ヤマザキシゲルは、うーん、と思い悩んだ。

手にはコーヒー牛乳のパック。しかし彼女の話を聞いている内にベコベコになっていた。


「私的には法律でも作って無駄な明かりは除去したいくらいなんだけど」


またムチャクチャなことを。

けれどそれが彼女、シバサキサクラという人間であるのだから仕方ない。


「無駄ではなかろーよ」


口元でベコベコ音を立てながら、彼はとりあえずの返事を返した。


「アレだけ明るくしてるのに?私には無駄遣いとしか思えないわ。

それにほら、明かりを少なくすれば、電気代も節約できるし」


手すりに干されている布団のようにだらんと寄りかかりながら、彼女はぼやいた。


「仕方ねーんじゃねぇの?やっぱり、暗いといろいろと不便だし。

みんなで一斉に明かりを消しちまったら、それこそ不気味だよ」


「その不便を楽しもうっていう心意気は現代人にはないものかしら」


昔の人間だって好き好んで暗い中にいたわけじゃないと思うが。

多分シカトされる意見だろうと思ったので、ヤマザキシゲルはそれを口には出さなかった。


「大体、アンタだって田舎に住んでるのに、いつもここで夜を過ごしてるし」


「そりゃまぁ、友人との付き合いもあるし。楽しいし」


「楽しい?」


不思議なものを見るような目で、彼女は眉をしかめながら彼を見た。


「まぁ、ホラ、昼間にはない開放感というか、そんなものがあるんではないかと」


やや気圧されながら、躊躇うように彼は言った。


「アンタも都会に毒されちゃったのねぇ・・・」


なんだそりゃ、と彼は心の中で突っ込んだ。


「仕方ないんじゃないか?人は、いや人に限らず、生き物ってのは光がなきゃ暮らせないんだから」


その言葉を聞くと、彼女は悲しそうにため息をついた。


「まぁ、わからないでもないけどさ・・・

けれど、昼間にあれだけ光に照らされて、夜にまであんなに明るくしているなんて。

なんだか勿体無いように思えるわ・・・」


彼女は嘆くようにぼやくが、やっぱり彼には理解できなかった。

代わりに、ベコベコと口元で音を立てながら、考える。

蝉の声が、青い空に響いている。

プラス、シバサキサクラのクシャミが一つ。

今頃自分達の足下では、みな一心不乱に黒板を写しているのだろうな、とヤマザキシゲルは思った。


「きっとさ」


ポツリと、彼が呟いた。

だるそうに顔をあげる彼女に、


「寂しいんだよ、みんな」


「寂しい?」


「昼間賑やかにしていたのに、夜になるとそれがなくなっちゃうのが。

独りになって暗闇に身を置くと、どうしようもなく寂しくなるんじゃないか?

まるで、世界に自分だけ取り残されたような、まぁそんな大げさなもんじゃないんだろうけど。

とにかく、みんなといつまでも一緒にいたい。寂しくないようにいたい。

だから、人は夜にも昼を作って、そこに集まりたがるんじゃねーかな」


口元からコーヒー牛乳の残骸を離し、それをぐしゃりと握り締めながら、彼はそんなことを言った。

ソレに対して彼女は、


「・・・そんなもんか」


そう呟いただけだった。


「そんなもんだ」


彼もそうとだけ返した。

セミの声が、二人の耳にやけに大きく響いて聞こえていた。



そして今日も、彼は繁華街に出向き、彼女は道路の真ん中をのんびりと走る。

静かな満月の空の下、大声で歌いながら。






                   - 了


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