シバサキサクラとクシャミ -


その日、彼女シバサキサクラは、自分のクシャミ癖が気になってとある病室を訪れていたそうな。

ちなみにその時彼女は、きたねぇ部屋だなここは、とか考えていた。

ついでに、目の前の男の頭の寂しさに少し同情してやっていた。

だからってどーにかなるってわけじゃないこともわかっていたけれども。


「あー、なんなんだろうねぇコレは」


困ったように呟くその男に、それは私が聞きたいことだ、と言ってやりたかったが、口にはしなかった。


「どこにいても何にでもクシャミをしてしまう、ねぇ」


もっと簡単に終わるものかと思っていたシバサキサクラは、少々うんざりし始めていた。

もともと気の長い方ではない。というか、かなり短気である。

まだ何か言うつもりならここらで退散してしまおう。

彼女が見切りをつけ、次の言葉を待ち。

やがて言った言葉に。


「まるで世界に拒絶されているみたいだねぇ」


彼女は動けなくなってしまった。

その後、医者は、まぁとりあえず薬を出しときましょうとかなんとか言って笑っていたが、

彼女はそれにただ生返事を返すだけだった。





「あ」


予想通りの場所に予想通りの人物がいたことに、ヤマザキシゲルは思わず声を上げた。

わかりやす。

昔からの付き合いだが、いつまでたってもワンパターンなヤツ、と呆れた笑みを浮かべる。

屋上の欄干に、干されている布団のようにダラーっと寄りかかっている彼女にそっと歩み寄ると、


「わっ!」


思いっきり驚かすように声を上げた。

そして彼女はいつものように何の驚きの表情も出さずに、眠たそうに後ろを振り向き、


「・・・あんたか」


これまたいつものように返した。

ついでに、クシュン、とクシャミを一つ。

つまらん、と思いながら、ヤマザキシゲルは彼女の隣に腰かけた。

たまには彼女が驚き慌てふためく姿を見てみたいものだ。

彼はそんなことを考えるが、しかし彼女の性格をよく知っているため、それはムリだろうとも考えていた。


「また授業サボっちゃってまぁ」


売店で買ってきたコーヒー牛乳のパックにストローを突き刺しながら彼は言った。

(ちなみにここでいつものように「いる?」と言ってみたが、いつものように彼女にシカトされた)


「今回はどうしたのよ」


「・・・」


ぐでーっとぶら下がったまま虚ろな視線を彷徨わせる彼女を見て、

ヤマザキシゲルはまた、やれやれ、とため息をついた。

こういう時は、彼女からの言葉が返って来るまで待つに限る。

というより、待つしかないということを、彼は嫌というほど知っていた。

そしてようやく彼女が口を開いた時には、コーヒー牛乳のパックは吸われすぎてベコベコになっていた。


「私がさ」


「んぁ?」


「アレルギー持ちだって、知ってるでしょ?」


「あぁ」


長い付き合いだ。当然知っている。というか、側にいれば、誰でも気付く。

クシュン、とクシャミをした後に、


「医者に聞いてみたのよ、原因」


知らなかったのかよ原因、と心の中だけで彼は突っ込んだ。


「そしたらさ、わかんないって」


「ヤブだよそりゃ」


間髪いれず突っ込んだが、彼女は彼に視線を向けず、淡々と話し続ける。

まるで独り言を呟いているようで、付き合いの浅い人はこれに少しゲンナリするかもしれない。


「んでさ、こーいうのよ」


「なにさ」


「『まるで、世界に拒絶されてるみたいだ』って」


「そりゃまた詩人な医者ですこと」


彼のその言葉に、やっぱり彼女は反応しない。

かわりに、クシャミを一つ。


「私さぁ、ソレ聞いて思っちゃったのよね。あぁ、その通りかも、って」


「なんで」


足をプラプラしながら、んー、と考えるようにうなる。

背中を押したら、そのまま普通に落ちてしまいそうで、あぶなっかしい。


「私って、ひねくれ者でしょ」


「かなりのな」


「そんなんだから、世界もきっと私みたいなのを嫌っちゃったと思うんだわ」


「ほう」


「っていうか、私が嫌いなのかも」


「世界を?」


「そんな大げさじゃないのかもしれないけど、そうね、みんな」


クシュンと一つ。


「煩わしいこととか、面倒なこととか。そーいうのが嫌いだから」


「好きなヤツはいないだろ」


「でも多分、私は他の誰よりも嫌いで、面倒くさがりやだから」


「だから、世界に拒絶?」


「そ」


話が繋がっているようで繋がっていないような。

ってか、アレルギーと関係ないじゃん。

彼はそんなことを考えたが、口には出さなかった。

代わりに、


「違うと思うよ、ソレ」


そんなことを口にする。


「きっと、逆なんだよ」


「逆?」


「うん。世界は嫌っているわけじゃなくて、むしろ愛しているんだよ」


「私を?」


「そう、お前を」


「ひねくれまくってて面倒くさがりやなのに?」


「ひねくれまくってて面倒くさがりやだからじゃないの」


はぁ、と彼女は顔をしかめる。


「そりゃまた変な世界だね」


「そうかい?でも、根拠はあるぜ?」


「どんな?」


「ほら、昔から言うでない?クシャミをする時は誰かに噂されてる時だって」


「言うね」


「きっとみんな、お前のこと気になってるんだよ。それこそ、世界だって」


「へぇ?」


「そりゃもう気になって気になって、噂されてるくらいなんだよ。

だからお前は拒絶されてるんでなくて、愛されてる、んじゃないかなと」


「はぁ」


「それに」



やや間を置き、ちょっと躊躇いながら、彼は呟いた。



「とりあえず、俺はお前のこと結構気に入ってるからさ」


沈黙。

間に、クシュンとクシャミが一つ。


「・・・何か言えよ?」


「あー、うん。えっと、ありがと」


「どういたしまして」


「けど、根拠にならないし、何よりクサイから、20点」


・・・受け取り様によっちゃ告白にも聞こえるだろうにこの女は。

だけどもそんなことを言ってもどうせ受け流されるだけなので、彼は何も言わずにおいた。

代わりに、珍しく顔を綻ばせる彼女の横顔を見つめ、ちょっと気分をよくしていた。

黙ってりゃ可愛いだろーに。

それを言ったらこの顔をもう見られなさそうなので、それも口にはしなかった。

代わりに、初夏の温かい風と、彼女のクシャミの音だけが、静かな屋上に響いていた。


「っていうかさ」


「あ?」


「もしかして、あんたが原因なんじゃないの。クシャミ」


「・・・そんなこと言うか」


前言撤回。やっぱり可愛くない。

不貞腐れてそっぽを向いたヤマザキシゲルは、残念なことにその次の言葉を聞き逃してしまった。


「そんなクシャミなら全然構わないけどね」


そんなシバサキサクラのお返事を。






                   - 了


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