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約束はクリスタルの輝き #2- - 君がいた奇跡 another story - 辺りはすっかり闇に包まれ、街灯が静かに道を照らしていた。
その暗闇の中を、俺は息を乱しながら走り抜ける。 「はっ、はっ、はっ、はぁ…」 呼吸が、やたら重い。 まるで、空気が俺の周りからなくなってしまった、と感じるほど。 いや、実際なくなりそうなんだ、俺にとっての空気が。 当たり前の存在だったサクラが…くそっ! それにしても、いつもは近すぎるくらい近いと感じているのに 今はやたら遠く感じる。 早く着け…! 「つ、着いた…」 ようやく、俺は足を止める。 そこは、2日前にサクラがあのペンダントを落とした、あの公園だった。 警察の現場検証も終わっているようで、人はいない。 いつも見慣れたその場所は、夜の闇と静寂のせいで、不気味なものを感じさせる。 背筋の辺りがゾクゾクしてくる…あまり入りたくない。 だが、今俺に出来るのはこれくらいだ。 あの場にいたって、あいつを助けることは出来ない。 だったら、せめて。 あいつのために。 あいつとの約束を果たすために。 ペンダントを、見つけてみせる。 「…っし!」 自分に一喝いれ、気合いを入れると、ドブ川に足を踏み入れた。 つ、冷たい! 周りの気温もさることながら、真冬の、しかも夜の水だ。 今にも凍り付いてしまいそうなほど、冷たい。 すぐに出たくなる。 だが、そこで踏みとどまる。 もしかしたら、最後のチャンスになるかもしれないんだ… このくらいの苦労、今のあいつに比べたら! もう一度気合いを入れ直し、本腰を入れる。 かじかんだ腕を、迷わず足下に入れる。 身も凍るような冷たさが、腕からも伝わってくる。 拷問に近い。寒いと言うより、痛い。 それでも、俺はやらなくちゃならない。 が、いくら気合いを入れようと、寒さが和らぐわけでない。 おまけに、この暗さ。 手元だって見えやしない。 頼りの照明は、あまりにも遠かった。 月も輝いてはいるが、ほとんど光が届いていない。 絶望。その二文字が頭によぎる。 無理だ。見つかりっこない。 腕を必死に動かしながらも、頭を弱気が浸食していく。 同時に、忘れていた頭痛が復活しだした。 40度って、あいつ言ってたっけな… 「くそ、くそ、くそ!」 頭の痛みと自分の弱さを追い払うように、言葉を繰り返す。 だが、それはまるで効果がない。 手の感覚が、ほとんどない。 まるで、腕がなくなってしまったみたいだ。 やれやれ、もしかしたら、あいつより先に死んじゃうかもな… 手を動かしながらも、弱気を止められない。 頭が、いよいよボーっとしてくる。 倒れ込んでしまいたい。 このまま倒れても、誰も俺を責めはしない。 何せ、風邪の身で、ここまでやってるんだ。 むしろ、褒めてもらえるだろう。 大体、あいつが死ぬのは、俺のせいじゃない。 俺の忠告を無視してまで探そうとした、あいつの責任だ。 通り魔が出て危険だというのに、1人で、何の為にだよ… バカじゃないのか…? …何の為に? そこで、ふと正気に戻る。 そんなの、バカなあいつのことだ、決まってる。 俺に気を使わせないように、自分1人が苦労すればいいなんて、考えたに違いない。 あいつは、いつも、いつだってお節介だから。 ふざけやがって… お前がそうするのが、俺は一番傷つくんだよ! 特に、今回みたいに、俺にも責任がある場合は! お前だけに苦労させるなんて、許せるわけないだろう! そう考え、死んでしまおうか、と思っていた自分を責める。 しっかりしろ!ここで諦めて、何になる? 約束を果たしに来たんだ、ここで見つけられなかったら、本当のバカだろう! ほとんど止まりかけていた腕を、再びせわしなく動かし始める。 次から次へと、ゴミを取り出していく。 そして築き上げられた山は、かなりの量になっていった。 でも。 ダメだ。全然見つからない。 せめて、明かりがあれば… その時だった。 ふ、と光が俺を包む。眩しい… 振り返ると、そこには両手から2つの光を放つ、岩村が立っていた。 その輝きは、懐中電灯によるモノだった。 「…何だよ」 眩しさに手をかざしながら、俺は素っ気なく答える。 今は、忙しい。 この前何か言いたそうだったのも気になるが、それどころじゃない。 1分1秒を争うのだ。 それに、こいつはサクラを泣かせた。 あまり、話したくはない。 そんな俺の様子を見て、少し躊躇しながらも、岩村は口を開いた。 「…清水が、刺されたんだってな」 「あぁ」 「みんな、心配してるぞ…」 「だろうな」 「お前は、こんなとこで、何してるんだよ? 傍に、いてやらないのか?」 そこで俺は手を止め、岩村の方を見て、 「俺が傍にいて、何になる? あいつの命を助けることなんて出来ない。 それに、俺はあまり神は信じていない。 祈ってたって、あいつが助かるわけないんだ。 だったら、俺に出来ることをやる。ただ、それだけだ」 そしてまたプイ、と岩村に背を向け、黙々と作業を続ける。 沈黙。 しばらくして、今度は俺から口を開くことにした。 「お前は?」 「え?」 「お前こそ、何でこんなとこにいるんだ?」 「それは…」 そこで岩村は口ごもる。 こいつもこいつで、らしくない。 何かを言いたそうにしているのだが、それを言うのに勇気が足りない、といった感じだ。 が、岩村は決意したような表情になり、口を開いた。 「悪かった」 「…は?」 「だから、悪かったよ! まさか、こんな大事になるなんて、思ってなかったんだ… ホントは、もっと早く謝るつもりだった。 でも、あいつの気迫に押されて、謝る機会なくて… そうこうしている内に、あいつが刺されて… 俺のせいだ。全部、俺のせいだ。 俺があの時お前らに絡まないでいたら、 俺が早く素直になってお前らに謝って一緒に探していれば、 こんなことにならなかったかもしれない。 だから、いくら謝っても足りないかも知れないけれど…ゴメン!」 そのまま頭を下げる岩村。 意外だった。 まさか、こいつがこんなに素直に謝るなんて。 それだけ、悪いと思っていたんだろう。 どうやら、こいつの脳味噌は筋肉だけでは出来ていないようである。 しばらくそのまま、様子を伺うように頭を下げている岩村。 そのままにしておくのもあれなので、俺は声をかけることにする。 「…別に、お前のせいじゃないだろ。 確かに、お前が俺達に絡んで来たのが原因かも知れない。 でも、それとあいつが通り魔に刺されることになったのは、偶然だろ? あいつが1人で探そうなんて思わなければ、こんなことにはならなかったんだ。 だから、そんなに自分を責めるなよ」 「でも…」 なおも食い下がろうとする岩村に、救いの手を差し伸べる。 「そんなに申し訳ないと思うんなら、手伝ったらどうだ? それが、今、一番の詫びになると思うんだけど」 「…ああ!」 ホッとしたように、ドブ川に入ってくる岩村。 俺はその時、内心感謝していた。 まさか、こんな思ってもいないようなヤツに助けられるとは思っていなかったから。 おまけに、欲しかった明かりまでついて。 ありがとよ、岩村。 いつの間にか、岩村に対する憎しみは消えていた。 代わりに、彼を見直している自分がいた。 それから俺と岩村は、手分けしてドブさらいをしていた。 が、相変わらず全然見つからない。 くそ、時間がないと言うのに…! 「なぁ、少し休憩しないか…?」 かじかんだ手を自分の息で暖めながら、岩村が弱気な発言をする。 だが、俺は無視してゴミをあさり続ける。 構ってる暇なんて無い。 「なぁ…」 「岩村。病院に電話して、あいつの容態を確かめてきてくれ。 休憩にもなるだろ?」 なおも声をかけてくる岩村に、俺は仕方なくオーケーを出した。 「あ、ああ。悪いな…」 そう言うなり、岩村は急いで川から出て、公衆電話を探しに去っていった。 途端、俺はその場に崩れ落ちそうになる。 ま、まずい…ホントに限界が来てる… 岩村の前では弱いとこを見せていられないと、頑張っていたが、 どうやらもう無理みたいだ。 くそ、まだ見つかっていないのに…! だが、身体が言うことを聞かない。 熱が上がっていくのが分かる。 かなり、だるい。 意識が朦朧としている。 気を抜いたら、いつでも気絶出来るだろう。 ホントに、ここにあるのかよ? これだけ探しても無いなんて、おかしいだろ。 朦朧とする意識の中で、毒づいた。 悪い、サクラ。 約束、果たせなさそうだ… そして、目をつぶろうとした、その時。 「おい」 …? おかしいな、誰もいないのに、声が聞こえる。 岩村の声でもないし… やばいな、いよいよ幻聴まで聞こえるようになってきやがった… 「おい!」 ペシ、と頬を叩かれながら、声をかけられる。 幻じゃない? 目を開くと、いつの間に現れたのか、そこには1人の男が俺を見下ろしていた。 大体16、7歳くらいの、どこにでもいるような高校生のようだった。 だが、それは見た目だけのような、そんな気がする。 そいつは何故か、見た目以上の年月を生きているような、そんな気にさせた。 気のせいだ。きっと、風邪のせいに違いない。そう思うことにしておく。 今は何かを考えるのも辛い。 そんな俺の考えを知ってか知らずか、そいつは続けた。 「よし、生きてるな。全く、無茶してるな、お前」 「うる、さい…構わないで、いい…」 立ち上がろうと肘を土手に立て、身体を持ち上げようとする。 だが、思うように上がらない。 そんな俺を見て、そいつは笑いながら、 「やだね。そんな身体で無茶しようとしているヤツを 見過ごすような真似だけはしたくないんでな。 知り合いに、そーいうのがいるんでな。ほっとけないんだ。 最も、お前より素直なヤツなんだが」 「悪かったな…どうせ、俺はひねくれてるよ…」 何なんだ、こいつ。 こんな時間に、こんなとこ1人でうろついているなんて。 もしかして、こいつが例の… 「安心しな。俺はこの辺を騒がしている通り魔じゃない。 むしろ、それと相対するもんだ。全然怪しいもんじゃない」 俺の表情を見て、そいつは安心させるような笑顔で、俺を先回りするように言った。 その笑顔はまるで、サクラの、あの天使のような笑顔だった。 まるで似合わないと思う一方、こいつほどこの笑顔が合うヤツもいないだろうとも思わせる。 だが、俺から見ればやっぱりそいつはめちゃくちゃ怪しかった。 「それで、あんたはこんなとこで何してんだよ…?」 「それは俺のセリフだと思うんだが。 まぁ、待ち合わせだ。人を待ってるんだよ」 「こんな時間にか?」 さらにおかしなヤツだ。 こんな時間に?こんな場所で? 相手も、よっぽど変わり者なんだろうな。 「そんなの俺の勝手だろう。それより、今度は俺が尋ねる番だ。 こんなとこで、お前は何してるんだ?」 「…あんたに答える義理はないね」 「俺はお前の質問に答えたんだから、それくらい答えろよ」 「…探し物」 「こんなドブ川でか?それも、こんな時間に?お前、そうとう変わってるな」 さっき俺が考えていたことと、ほとんど同じようなことを口にする。 こんなヤツに変わり者呼ばわりされるってことは、やっぱり俺もよっぽど怪しいらしいな。 でも、そう見られても構わない。 今は、冷やかしを受けたりして恥ずかしがってる場合じゃないんだから。 「うるさいな…どうしても、今じゃないといけないんだよ… 約束、したんだ…あいつを、褒めてやる、って…」 「ふーん…」 そいつは意味深に相づちをうつ。 今の言葉から、俺の状況を察するのは、不可能だと思うのだが、 こいつは、それでも全てを知っているような、そんな頷き方をした。 「でも、いい加減限界みたいだな」 「ほっとけ…」 「だから、ほっとけないんだよ。少し、川から出たらどうだ?」 「そんな暇は、ない…」 俺の頑なな様子を見て、そいつはやれやれ、と溜め息をつくと、 ふと何か思いついたように、提案してきた。 「だったら、こーいうのはどうだ? もういい加減お前もここを探しつくしたんだろ?」 「見たら分かるだろ?」 「なら、一度川から上がって、後ろを向いて目をつぶって3秒待つ。 それで振り向いて、なかったら諦める。 さすがに、医者じゃない俺から見てもお前はドクターストップだしな。どうだ?」 「そんなんで、見つかるわけないだろ…?」 わけの分からない提案だった。 それで見つかるくらいなら、とっくに見つけてる。 「まぁまぁ、どっちにしろ普通に探しても見つからないんだ。 最後は、神頼みといこうぜ」 「俺は、神は信じないんでね…」 「じゃ、信じろ。神様は、ホントにいるんだぜ? お前の努力を見ているのなら、きっとそれに応えてくれる」 「でも…」 「いいから、とっととやれ」 有無を言わさぬ迫力に押され、俺は結局川から出ることにする。 全く、子供みたいなことをやらせる。 「こんなんで見つかったら、奇跡だよ…」 「じゃ、奇跡を見せてやるよ」 「は?」 「ほれ、いーち」 何言ってるんだ、と言おうとした瞬間、カウントが始まったので、 仕方なく後ろを向き、目をつぶる。 こうしていると、そのまま寝てしまいそうだ。 だが、たかが3秒。そのくらい我慢しないと。 「にーい」 それにしても、こうして目をつぶって待っていると、やけに1秒が長く感じられた。 さっきまでは時間が、止めたくても流れるように過ぎていったのに、 今はまるで川の下流のように、穏やかだ。 あいつは、サクラはまだ大丈夫だろうか…? 岩村、連絡取れただろうか。 …俺は、このまま約束を果たせないのだろうか。 もしかしたら、約束を果たせぬまま、あいつは飛んでいってしまうかも知れない。 それこそ、天使のように。 そんなのは、嫌だ。 生きて、もう一度笑って欲しい。 俺に、約束を果たさせて欲しい。 様々な思いが、1秒の間に一気に流れた。 そして、 「さん!」 罪人が判決を待つ心境が、終わった。 目を開き、そっと後ろを振り向く。 ホントにあったら、それこそ奇跡だ。 ありえっこない。 ありえないから、奇跡なんだから。 だが、そこで…奇跡が起きた。 月明かりの下、それは確かに輝いていた。 あの日、サクラの胸元で輝いていたのと、同じ光で。 信じられなかった。 それは、俺が拾い上げた、ゴミとゴミの間に、まるで、隠されるようにあったのだ。 しかも、川から見上げても分からない角度に。 「…何で…?」 呆然とする俺に、そいつは飄々と、 「神様が、見ていてくれたんだろ。お前の行いを、さ」 またあの笑顔で言った。あの、天使のような微笑みで。 「少しは、信じてみる気になったか?」 「…あぁ」 ホントに、信じたくなった。 奇跡は、ホントに起きるんだろうと。 単なる偶然とは思えない、それほどの出来事に、俺は思えた。 「よかったな、見つかって。それじゃ、俺はこの辺でぼちぼち」 「ま、待てよ!」 飄々と去っていこうとするそいつを、俺は必死に止める。 まだ、礼も言っていない。 こいつがあの提案をしなければ、恐らく一生見つからなかったろう。 それに、名前だって。 「そ、その…ありがとう」 俺がうつむきながら礼を言うと、そいつは恥ずかしそうに頬をかきながら、 「礼を言われるのは、あまり慣れてないんだよな。 それに、あれはお前の努力のお陰だろ? お前が諦めずにゴミを取りだし続けていったから、あそこにあったんだ。 だから、礼を言う必要はないだろ」 「でも…」 「気にすんなって。じゃーな」 「じ、じゃ、あんた、名前、なんて言うんだ?」 背中を向けたまま、そいつはやはり飄々と、冗談めいて、 「サンタ。奇跡を配る、それが仕事かな」 そして、そのまま去っていった。 ああ、そういや今日はクリスマスイヴだったっけ… 自称サンタの言った台詞を、ボーっとしながら聞いていた。 そいつの背中を見送った後、俺は静かにペンダントを拾い上げた。 月明かりの下、それは光り輝いていた。 この世で一番の輝きを放っているように、俺には思える。 ホントに、サンタがくれたプレゼントのように思える。 サクラ、やったぞ… 待ってろよ、約束、果たすからな。 だから、お前も約束守って、そこで待っててくれ。 # 人のいない夜の公園。 そのさらに端の小川に、1人の少年が弱々しく立っていた。 その少年は目を潤ませ、輝くクリスタルのペンダントを、高々とあげていた。 そんな様子を、遠くの茂みの奥から何者かが鋭い目つきで見つめていた。 「次だ…次の獲物…みんな、みんな殺してやる…」 その目つきは、鋭い、を通り越していた。 その目に宿っているのは、禍々しいまでの狂気と、殺意の色。 その手に握られている鋭利な刃物以上に、その目は爛々と輝いていた。 正気でないのは明らかだった。 そして、その目的も。 ただ、殺す。 何かに対する復讐。 そして、すでにそれを犯してしまった、後戻りのきかない状況が 彼をさらに狂わせていた。 「殺す、コロス、コロスコロスコロスぅ…!」 少年は完全にその者の存在に気付いていない。 その男にとって、それは好都合だった。 刃物を獲物の血で染めようと、茂みから身を乗り出そうとした、その時。 「待てよ、あんた」 肩を何者かに掴まれ、そいつはびくん、と身体を震わす。 そこには、先程少年と会話していた、自称サンタを名乗った少年がいた。 ただ、幾分か目つきが鋭くなっている。 肩を叩かれた男の目が、大きく見開かれる。 「もう、こういうことはやめな。 あんたは、確かに可愛そうだった。そうだろ、高菜サン」 「な!?」 男の目が驚愕でさらに見開かれる。 少年は、構わず続ける。 「小学校教師を目指し、3浪してようやく夢を叶えたと思ったら、 最初に受け持ったクラスが学級崩壊。 イジメ、授業妨害、生徒の万引き、恐喝、その他。 教師になったばっかのあんたには、それらの問題は荷が重すぎた。 しかも、追い打ちのようにPTAのおばさん方には責任を問われ、 そしてあんたは自主辞任の形で、学校をやめさせられることになった。 夢が、あっさりと壊された瞬間だ」 「……」 呆気にとられ、高菜と呼ばれた男はただ話を聞いているだけだ。 だが、どこかで動揺している。 それが目に見えて分かる。 「誰だって、絶望に追いやられる。当然だ。 あんたは運が悪かった。それは同情する。 だがな。あんたが傷付けたヤツらは、それとは何の関係もないヤツらだ。 あんたがしてるのは、ただの逃避だ。 力のない子供達をいたぶって、何になる? それで、あんたは救われるのかよ? もう、やめろ。罪を認めて、現実を受け入れ、戦えよ。 あんたがそうしようとしない限り、あんた、いつまでも救われないぞ」 「…うるさい」 そこまで黙って聞いていた高菜が、口を開く。 我慢できなくなった、というように。 何故この少年が自分についてここまで知っているかはどうでもよくなったらしい。 重要なのは、ふつふつと湧いてくる、怒りだけ。 「お前に、お前なんかに何が分かるって言うんだ!? 私は、頑張ったんだ!毎日毎日血を吐くような努力をした! 3浪して、両親に止められても、私は頑張ったんだよ! 何でだと思う?夢だったんだ!真剣な夢だったんだよ! そして、ようやく受かり、何年も頑張って教員免許も取った! なのに、なのにあの仕打ち…あんまりじゃないか! 私はそこでも頑張った…胃に穴があきそうにもなったよ… それなのに!世間は私の努力を認めてくれないばかりか、非難ばかりした! どうして、どうして私ばかりがこんな目に… …だから、私は復讐することにした。 社会に、世間に、子供に! 邪魔はさせない、お前みたいな、私のように苦労を何も知らないガキなんぞにぃ!」 言葉を吐ききり、高菜はぜぇぜぇと呼吸する。 その様子を、少年は哀れむような目で見ていた。 「だからって… 力のない子供を傷付けていいなんて道理は、どこにもない。 あんたが戦う相手は、それじゃないだろう? その弱い、自分自身だ。 今からでも遅くはない。自首して…」 そこで、言葉を止めざるを得なくなった。 高菜が、刃物を振り上げ、襲いかかってきたのだ。 「うるさああぁぁぁぁぁぁい!!」 その様子を見て、少年はさらに顔を悲しみに染める。 「…救われねぇよ、あんた」 少年は冷静かつ俊敏だった。 向こうが繰り出してくる刃物に全く物怖じせず踏み込み、そのまま攻撃を受け流す。 瞬間、腹に強烈な正拳を入れる。 高菜が後ろによろめき、自分もそのままもう一歩踏み込み掌底で顎を打ち上げた。 「がっ!」 その場に尻餅をつく高菜。 強烈な一撃を顎にもらい、脳が揺れて立ち上がれなくなる。 そして、上を見上げようと顔を上げた彼が最後に見たのは、 どこまでも悲しい色を帯びた、少年の表情だった。 「悔い改めな」 手の平を、高菜の顔に当てる。 次の瞬間、高菜の身体がびくん、と震え、その場に崩れ落ちた。 少年はしばらく高菜を見つめていたが、やがて静かに立ち上がり、茂みから出る。 そこに、タイミング良く現れた1人の少年が走って近寄ってきた。 申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせ、謝罪の言葉をかける。 「ゴメンゴメン、遅れちゃって」 「なに、俺も今ちょうど野暮用が終わったとこだよ」 「そっか。よかった。いやー、締め切りが近くてさ。図書館に閉じこもりっきりだよ」 「それはいいけど、少しは夏美さんも構ってやれよ。彼女だろ、一応」 それを聞くと、少年の方は頬を赤く染め、 「わ、わかってるよ。それよりさ、今度の小説の話なんだけどさ。 聞いてくれる、神宮寺君?」 「なんだ、自信ありげだな、神崎」 「分かる?今度のはね…」 そうして、片方は楽しそうに、片方は何事もなかったように、 実に和やかに談笑しながらその場を立ち去った。 翌日、近所の住民の通報により、通り魔は無事逮捕されるが、それはまだ先の話である。 # 「ようやく終わったみたいだな…」 酔っぱらいの言い争いがしばらく続いていたが、どうやら無事終わったみたいだ。 まぁ、今日はクリスマスイヴだし、酔っても仕方ないか。 酔うと言えば、俺もいい加減頭がフラフラだ。 きっと、40度を大幅に超えてるだろう。 立ってるのすらきつい。 目の前だって、もやがかかってハッキリ見えない。 「おーい、日下ーー!」 と、そこに岩村の声がした。 今度は、幻聴と間違うことなく、ハッキリと聞こえる。 「よう…見つかったぜ…」 俺は、誇らしげにペンダントを岩村に見せつける。 それを見て、岩村はかなり驚いていた。 目が大きく見開かれている。 「ま、マジかよ?よくあんなとこで見つけられたな…」 「それで?そっちはどうしたんだ…連絡、ついたのかよ…?」 一言一言が重く感じられるが、それでもハッキリと相手に伝える。 それを耳にするやいなや、岩村は思いだしたように、慌てながらしゃべり出す。 「ああ、そうだった!日下、清水のヤツ、清水のヤツが…」 そして、今俺達は病院に向けて走っていた。 身体が、やたら重く感じる。 走りたくない…このまま、ここでくたばってしまいたい。 頭の中の鐘が、今や地震のごとく怒濤に鳴り響いている。 しかもそれはどんどんどんどん大きく、激しくなっていく。 止まることはない。 「わ、悪い、岩村…先に、行っててくれ…俺は、後から、行く、から…」 とうとう耐えきれなくなり、俺は珍しく弱音を吐いて、その場にひざまずく。 「バカ野郎!俺だけ行って何になるんだっつの! お前が来ないと話にならねぇだろ!」 そう言うなり、岩村は俺に肩を貸し、また走り出した。 「わ、悪い…いい加減、限界でさ…」 それを聞くと、岩村はへっ、と笑い、 「相変わらず、情けねぇヤツだな。 そんな弱音吐いてるから、女に助けられるようになるんだよ」 「るせぇ…」 「ま…少しは見直したけどな…」 「…何か、言ったか…?」 岩村が小声で言った言葉は、ガンガン頭が痛む俺には聞き取れなかったが、 悪いことは言っていなかったように思える。 「何でもねぇよ!ほら、急ぐぞ! 現実を見るまで、どうなるか信じられないんだからよ…」 「……」 俺は沈黙で返す。 先程、岩村が病院に問い合わせてみたところ、サクラの容態が、悪化したらしい。 医者も手を尽くしているが、さすがに限界と言ったところだ。 今、俺が行ったとしても、きっと、辛い現実が待ってるだけだ。 俺が足を止めた理由は、頭痛によるモノより、こっちの方が大きい。 信じていた可能性が、どんどん少なくなってきて、現実がハッキリと表れてくる。 何だよ…俺だけ頑張って、馬鹿みたいじゃないか… お前がこのまま死んだら、俺は結局何も出来ないままじゃないか… そう考えた瞬間、身体を脱力感が襲い、俺は岩村の肩から滑り落ち、その場にへたり込んだ。 「どうしたんだよ、ほら、行くぞ!」 「…もう、いいよ」 「あ?」 「どうせ、俺が行ったって何にもならねぇだろ…? あいつは、もうダメだよ。きっと俺が辿り着く前に死んでるよ… それなのに、こんなに辛いのに、俺だけ頑張って走っても、仕方ねぇだろ? どうせあいつは待っててくれないんだ… 無駄だよ、無駄…」 次の瞬間、岩村の拳が俺の頬に炸裂した。 疲弊しきって、身体に力が入らない俺は、モノの見事に吹っ飛んだ。 「ってぇ…」 反論する気力すらないまま見上げると、岩村は顔を怒りに染め見下ろしていた。 「てめぇ、何だよそれ。 無駄だと?あいつが頑張ってないだと? ふざけんな! 今、誰より苦しい思いをしてるのは誰だと思ってやがる! 今にも死にそうな、清水だろうが! あいつが一番頑張ってるんだろうが! それなのに、てめぇは何だよ。 一生懸命待ってるあいつを、てめぇは見捨てるのか!? それが、あいつの頑張りを無駄にするんじゃないのか!? 辛いのはお前だけじゃない! 立てよ。立って走れよ! あいつが待ってるから、お前はあれだけ頑張ったんだろうが! それなのに、お前はそんなつまらないことで諦めるのかよ。 てめぇそれこそ最悪だよ。 んなヤツに、あいつに会う資格なんかねぇ!!」 言葉を吐ききった後、岩村は肩で軽く息を弾ませ、 そのまま方向転換して歩き出した。 まだ頬が痛む。でも、その痛みは単純な身体的なモノだけではなく。 …ホント、情けねーヤツだよ、俺は。 本当はきっと、ただ理由つけて、死んでしまってるかもしれないあいつを見るのが、怖かったんだ。 あいつの笑顔を見られなくなる瞬間を、見たくなかったんだ。 ただ理由つけて、現実から逃げようとしてただけなんだ。 全く、そんなの最初から承知で探し始めたというのに… 見つけただけで満足してたら、馬鹿みたいだ。 俺は、服の中から、首からぶら下げているあいつのペンダントを取りだした。 綺麗だな… でも、こいつは俺がつけてても輝かない。 「…岩村!」 それまで後ろを振り向かずに歩いていた岩村が、歩みを止めた。 振り向いたあいつに、俺は大声で呼びかける。 「もっかい、肩貸してくれよ。俺、もう逃げねーから」 「…ったく」 忌々しそうに、だが口元は綻ばせて、岩村はまた俺に肩を貸した。 「次はもうねーからな」 「分かってる」 そうして、俺達はまた走り出した。 もう、逃げない。そう心に誓いながら。 約束は、最後まで諦めない。 「着いたぞ…」 「ああ…」 扉の前に、俺達は緊張した面もちで立っていた。 いよいよだ… 手術はとうに終わっていた。 峠を過ぎた、という事だ。 結果は、もう出てる。 ここを開ければ、現実が分かる。 …怖い。 あいつが生きてなかったら、俺は一体どうすればいいんだろう? やっと気付いたこの気持ちを、どうすればいいんだろう? 開けたくなかった。 でも、ここで怖じ気づいてても始まらない。 もう、決心はしたんだ。 俺は、逃げない。 俺は、静かにドアノブに手をかけた。 始めに目に入ったのは、カーテンの引かれた窓。 続いて、白衣に身を包んだ医者。 そして… ベットに横たわり、ピクリとも動かない、サクラ。 脳裏を、絶望がよぎる。 ウソだろ… そう考えた次の瞬間、サクラが少しだけ、ホントにほんのわずかだが、動いた。 まるで、俺が来たことに反応したように。 …生きてる! 絶望が、全て希望に変わった。 よかった…! よくよく見ると、点滴などがつながれている。 ちゃんと生きてる証拠だ。 本来なら面会謝絶なのだろう。 きっと、この医者が開けておいてくれいたに違いない。 「遅かったね」 柔らかい笑顔を浮かべながら、医者は声をかけてきた。 「サクラは…大丈夫なんですよね?」 確認するように、俺は尋ねる。 「ああ。命に別状はないよ。後遺症もない。まだ意識は戻ってないけどね」 「あ、ありがとうございます!」 俺は大げさに頭を下げた。 いや、それでも足りなかったかも知れない。 とにかく俺は、この人に感謝していた。 そんな俺の様子を見ると、医者は照れたように、 「おいおい、よしてくれよ。私はただベストを尽くしただけだよ。 それに、こうして助かったのは、ある意味奇跡だったんだ」 「奇跡?」 「そう。私達もほとんど諦めかけたというのに、 急に、この子の容態が快調に戻り始めたんだ。 こんなこと、滅多にありはしない。 まさに、奇跡としか言いようがなかったよ」 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に自称サンタの顔が浮かんだ。 まさか、な… だが、そんなことはどうでもいい。 肝心なのは、サクラが無事だと言うこと。 それならば、どんな不思議なことがあっても構わない。 俺は、サクラの元に近寄る。 とても、幸せそうな顔をしていた。 よかった…本当によかった… そうして安心しきった瞬間、俺の中で張りつめていた緊張の糸が、プツリと切れた。 それは、まさに命の灯火が消えるかのように、唐突に、だがハッキリと訪れた。 頭の中で鳴り続けていた鐘の音が急に止まったかと思うと、体中から力が抜け、 その場に膝をつき、俺は重力に身を任せてぶっ倒れた。 「おい、日下?どう…た…お…起き…よ…どう…んだ…」 岩村の声が、ひどく遠く感じた。 誰かが俺の身体を揺すっている。 だが、それすらも遠い感覚に思える。 まるで、自分以外の誰かが味わっているように。 ああ、ひどくだるいなぁ… やっぱり、限界だったか… サクラ、ゴメン。 でも、俺約束守ったぜ。 だから、少し、眠らせてくれ…ひどく眠いんだ… そうして、俺は、まどろみに身を任せ、意識を失い、そして。 死んだ。 ≪ - ≫ !-この小説は小説検索エンジン"楽園"に登録されてます-! ∠long ∠index |