約束はクリスタルの輝き #1-
- 君がいた奇跡 another story -



日曜。
それは俺、日下俊介が、唯一安らげる一日。
毎日毎日学校と塾の往復なのだが、何故かこの日は何もない。
両親曰く、『日曜くらい、子供はのんびりした方がいい』らしい。

…だったら、塾に毎日行かせるな。

何でも、中学というのはそーまでしないと授業に追いつけないモノらしい。
だったら、俺の友達はみんな落ちこぼれるだろ。
つーか、まだ後1年ちょっとあるじゃん、卒業まで。
ま、それはともかく。
何にもやることがない(といっても宿題はある)日曜、俺は小学生らしくなく
家でごろごろと過ごすのが好きだ。

「しゅーーーーんーーーー!」

これがなければ。

「…むー」

布団からむっくりと顔を上げ、窓を開ける。
12月にもなると、風が寒い。
なのに、空は抜けるような青さだ。
下を見ると、幼なじみの清水サクラがいた。
まったく、毎度毎度、こいつは。

「…何さ?」

「何さ、って失礼ねー!この私がわざわざ遊んであげるっていうのにー!」

「別に頼んでないけど?」

「あんた、もうちょっと子供らしい反応しなさい!いいから、早く!」

「…やれやれ」

ぼやくように呟くと、窓を閉めた。
なんだって、この寒いのにあいつはあんなに元気なんだよ。
俺は布団の温かさに別れを告げ、厚着をしてから外に出る。
そこには、サクラが寒さからか、顔を赤くして待っていた。

「もー、遅いよ!私が風邪ひいたら責任取ってよね!」

「勝手に来るお前が悪いんじゃないか?」

「何言ってるの。私がいなきゃ、俊、オヤジみたいにゴロゴロしてるじゃない。不健康よ、それ」

う、図星。
でも、仕方ないだろう。毎日毎日遊ぶ暇もないほど勉強してるんだ。
たまの休みくらいのんびりしたい。
特に、こんな寒い日はコタツに入ってぬくぬくしていたい。
それでミカンがあれば言うことなし。

「別にいいじゃんか、毎日忙しいんだから。遊ぶ暇すらないくらい」

俺がそう言うと、

「だから今日遊ぶんじゃなーい。子供なんだから、遊んどかないと損よ」

「そんなの、俺の勝手だろ?」

「だから、そーいうのがダメなの。将来根暗になっちゃったら私が困るでしょ」

「何でお前が困るんだよ?別にカンケーないじゃん」

「う…細かいこと気にしないの!ほら、行くよ!」

若干先程より顔に赤みが差したような気がするが、気のせいだろう。
とっとと前を進んでいくサクラを、仕方なくついていく。

「そもそも、何でお前と一緒に遊ばなきゃいけないんだよ?」

「あら、私じゃ不満?こーんなに可愛い子と遊べるチャンスなんて、そうそうないわよ?」

「自分で言うなよ」

だが、俺の目から見てもサクラは可愛い部類に入る。
それも、クラスで一、二を争うくらいと言っても過言じゃない。
だけど、それは顔だけの話だ。
性格を昔から見てる俺には、全然カンケーない。
それに、俺は可愛いとか、そーいうのはあまり気にしない。
というより、気にならない。
クラスにはサクラのことを好きなヤツが何人かいるのを知っているが、
そーいうのを見るとすごい不思議だ。
なんでこんなヤツを見てドキドキできるのだろう。
どんな感覚なのか、教えてもらいたいけど、バカにされたような目で見られるのが
落ちなので、尋ねたことはない。
まぁ、とにかくそれほどモテるサクラと一緒だと、冷やかされたりもする。
羨ましい目で見られたりもする。
俺には、その感覚がよくわからなかった。
けど、あまりそーいうことされるのは好きじゃなかった。
でも、サクラと一緒にいるのは、それほど嫌いじゃない。
何故なのか、よくわからないけど。
ま、昔からそんなんだから、きっと慣れなんだろうな。
空気みたいな感じ。あって当たり前、つーか。

「で、今日は何するわけ?」

「へへー、秘密」

もったいぶるように、サクラは言った。
子供っぽい笑顔、でも心なしか色気も出てきたような気がする。
そんな風に思う時、俺は少しだけ戸惑うが、すぐに忘れてしまう。

「あ、そう」

「なによー、もうちょっと興味示しなさいよ」

「わー気になる気になるー」

棒読みのセリフを、作った笑顔で口にする。
サクラはむっとした顔になり、

「あんた、少しは子供らしくした方がいいわよ」

「お前も、少しは大人っぽくなったら?」

いつもこんな感じの二人。だが、別に仲が悪くなることはない。
これも慣れだ。

「ま、いいわ。公園に着いたら教えてあげる。それまで何か、考えててね」

何なんだ、一体。
もちろん、全然気にならないわけがなかった。
ただ、それを表面に出すとこいつが喜ぶから。
なので冷静を装っている。
うーん、一体なんだ?
何か珍しいモノを見せたいのか?
ただのウソ?
何か特別なことでも出来るようになったのを見せたいとか。
ダメだ、考え出したらキリがない。
とりあえず、向こうに着いたら分かるだろ。
そう決め、ボーっと歩いていると、突然サクラに手を取られ、握られる。

「な…」

俺が反論しようとすると、彼女はイタズラっぽい笑顔を浮かべ、

「いいじゃーん。あんた待ってて、手冷たくなっちゃったんだから。責任持って、暖めてよ」

「だ…だったらポケットに手入れるとか、手袋持ってくればよかっただろ!」

声が動揺しているのがわかる。こいつは、ホント突飛なヤツだ。

「だって、ポケットに手入れたら、転んだとき危ないじゃん。手袋、私持ってきてないし。
 それにさ、俊の手って、暖かいんだよね。心が冷たいからかなー?」

そう言って、さらにギュッと握りしめる。
なんで、こいつは平気でこういうことができるんだよ?

「悪かったな、心が冷たくて。それに、こうしてると、その…恥ずかしいだろ?」

最後の方は照れで声が小さくなる。
どうやら俺もまだまだ小学生らしい。
でも、仕方ないじゃないか。
人通りが少ない道とは言え、いつ知り合いに出くわすかわからないし、
出くわしたら冷やかされる。
冷やかされるのは、嫌いだ。

「あら、俊にも恥ずかしいモノなんてあるんだ?私は平気よ。別に、見られてもなんてことないし。
 高校生のカップルなんて、平気で腕くんでるじゃん。それに比べたら、恥ずかしくもなんとも。
 カップル、って見られるのも楽しいしねー」

…それが嫌なんだよ。

「とにかく!誰か来たらすぐ離せよ!」

「そーいうとこは、あんたの方が子供ねー♪」

勝ち誇った顔が、憎たらしい。
どうせ、俺は子供だよ。
そーいう理屈が理解できない。
その後、運がいいのか悪いのか、俺達は誰にも出くわすことなく、
一度も手を離さずに公園に辿り着いた。
手が、汗ばんでいた。






「で?結局何なの?」

公園に着いて、ベンチでようやく一息ついた俺は、とりあえず聞いてみた。
この公園は、いつも人が閑散としていて、俺としては遊びやすい。
誰かにサクラと一緒にいるのが見られる確率が下がるから。
まぁ、人がいないということから分かるように、ろくに遊ぶ物もないんだが。

「何、全然予想ついていないの?」

「考えたけど、分からなかったんだよ」

ホントは考えるのが面倒になったからだけど。
とにかくそう伝えると、サクラは呆れた顔になり、

「もー、つまらないわねー。ま、仕方ないわね。
 俊。昨日、何の日か覚えてる?」

覚えてる。でも、後ろめたさから、俺は、

「忘れた」

とだけ答える。さらに呆れるサクラ。

「ひどいわねー、彼女の誕生日も覚えていないわけ?」

「誰が彼女だ、誰が!そのくらい覚えてるよ!」

そう、昨日はサクラの誕生日だった。
でも、金もないし、それに照れくさいこともあったので、今年は何も渡してなかった。
冷やかしを受けるのはゴメンだ。

「その割には、何もくれなかったわね?」

「…悪かったな。金無いんだよ」

「ま、それは許してあげるわ。それよりも!お婆ちゃんからプレゼントもらったのよ!」

嬉しそうに笑うサクラ。幸せなヤツだ。
でも、それも無理はない。サクラは大のお婆ちゃんっ子なのだから。
生まれたときから、とても可愛がられていたらしい。
俺も何度か会ってるが、実際とても優しいお婆さんだ。
それに免じて、俺も笑うことにする。

「よかったじゃないか。で、何もらったんだ?」

「えへへー、それはねー…これっ!」

服の襟の所から手を突っ込み、ごそごそと探った後、サクラは得意そうにそれを取りだした。
太陽の光が反射し、それがキラリと光る。
それは、とても綺麗なクリスタルのペンダントだった。
俺は宝石をあまり見たことはないが、そのクリスタルは
この世で一番綺麗なんじゃないか、と思えた。
サクラに、よく似合っていた。

「えへへ、似合う?似合う?」

あまりに嬉しそうなので、俺はうなずくしかなかった。

「ああ、似合ってるよ」

「ホントにー?うれしーなぁー」

ニコニコ笑いながら、サクラはその場でくるりと回る。
そこまで喜ばれても、困るんだが。なんというか、照れる。

「パンツ見えてるぞ」

「どこ見てんのよ!」

喜び顔から一転、ふくれっつらになる。
仕方ないんだよ。悪いけど。
いつまでもあんな顔されてても、困る。

「もう、しょうがないんだから、俊は」

「悪い悪い。ホント、似合ってるから」

「ホント?なら、許してあげる!」

また笑顔に戻るサクラ。どうして、こいつはこんなに嬉しそうに笑えるんだろう。
俺が褒めたくらいで。よっぽど気に入ったんだろうか。
まぁ、ずっとそんな顔されてても困るけど、サクラが幸せなら、
それはそれでいいかもしれない。
しばらく、幸せな空気が、二人を包んでいた、その時だった。

「おいおい、随分と見せつけてくれるじゃないかよ?」

低い声でお呼びがかかる。
俺が最も恐れてた事態が発生した。
誰にも見つかりたくなかったのに。
それも、クラスメートのガキ大将気取りの、岩村に見つかるなんて。
後ろに、子分を引き連れている辺り、いかにもガキ大将だ。
こいつは、ことある事にサクラにちょっかいを出してくる。
噂じゃ、サクラのことを好きらしいが、だったらいじめる理由が分からない。
好きな相手ほどいじめたくなる、というヤツだろうか?
まぁ、結局いくら考えても俺にはその気持ちは全然分からないが。
分かりたいとも思わない。

「いこ、俊」

サクラは表情を変え、俺の手を引っ張る。
当然だが、サクラは岩村が苦手だ。
気持ちは分からなくもない。俺だって苦手だ。
その様子を見て、ますます岩村が図に乗る。

「おーおー、手なんてつないじゃって。仲がいいなぁ、お前らはよ!」

「いて!」

突然、俺の空いてる方の手を掴む岩村。
このバカ力が。むやみやたらに掴むんじゃない!

「ちょっと、離しなさいよ!俊、痛がってるじゃない!」

「うるせぇなぁ、カンケー無いだろ、お前には!
 俺は、こいつがむかつくからこうしてんだ!文句あるか!」

あるに決まってる。だが、常識のないこいつには、そんなの通用しない。
何せ、脳味噌まで筋肉で詰まってるようなヤツだから。
その時、岩村がサクラが首から下げてるペンダントを見つけた。
目が、面白いモノを見つけた、と語っている。
嫌な予感。
それは、見事的中した。

「いいもん持ってるじゃないか、清水?
 それくれたら、日下の手、離してやってもいいぜ?」

無茶苦茶な理屈だ。ホントに脳味噌が筋肉で出来てるんじゃないだろうか?

「嫌に決まってるじゃない!何言ってんのよ、あんた!」

「いいじゃねぇか、よこせよ!」

「いやだったら!」

二人の取り合いが始まる。
いい加減に止めないと。
岩村に手を掴まれたまま、止めに入る。

「やめろよ、岩村!」

「お前は黙ってろよ、日下!ほら、いただきぃ!」

一瞬の隙を見て、岩村がサクラのペンダントを取り上げる。

「あー!返して!返しなさいよ!」

必死に取り戻そうとするサクラ。
目に、涙が浮かんでいる。
だが、背の高い岩村がさらに手を上げているので、サクラには届かない。

「いい加減にしろよ!サクラ、嫌がってるだろ!」

俺も取り戻そうと必死になる。
こいつの泣き顔なんて、見たくない。
岩村に対して、怒りが募る。

「わ、お前ら、二人同時なんてずるいぞ!危ないだろーが!」

「だったら返せ!」

「やなこった、って、わ、あぶねぇ!」

その時、岩村のバランスが崩れた。
その拍子に手から、ペンダントが飛んでいく。

「あー!!」

サクラが叫んだ一瞬後、公園の側を流れている小川にポチャンと音をたて、
ペンダントが消えた。
あの小川はあまり綺麗とは言えず、落としたらほとんど見つからない。
何せ、ほとんどドブ川だ。
探そうという気すらなくさせる。

「私の…ペンダント…」

ぺたんとその場に座り込み、涙を流すサクラ。
その横顔を見るのは、たまらなく辛かった。
岩村も、きまりが悪そうな顔をしている。
こいつが、サクラを泣かせた。

…許せない。

「…謝れよ」

「え?」

「サクラに謝れよ!お前のせいだろ!謝れよ!」

いつの間にか、叫んでいた。
怒りが、俺の心を埋め尽くしていた。
その怒りを吐き出すように叫ぶ。だが、すぐに怒りは充填され、なくなることはない。
そんな俺を見て、岩村が戸惑う。

「お、お前らが危ないことするからだろ!?
 お前らがあんなことしなければ、すぐにでも返すつもりだったんだよ!」

「ふざけるな!そもそも、お前が嫌がってるのにサクラから取り上げたのが悪いんじゃないか!
 自分のことを棚上げするな!」

「う、うるせぇ!しらねぇよ、そんなこと!い、行くぞ、お前ら!」

自分の非を無視して、岩村は逃げるように立ち去った。
ふざけるんじゃない、ホントに!
だが、そんなことを責めても今更だった。
今問題なのは。
岩村が去った方向を見ていた俺は、しばらくしてサクラの方を振り返る。
サクラはぺたんと座ったまま、手で涙を拭いていた。

「…ぃぐ、ひっく、私の…ペンダント…俊が…似合うって…褒めて、くれたのにぃ…」

いたたまれない。
いつものサクラは、元気すぎてうざったいくらいなのに、
こんなサクラは、見たくないと思う。
いつもみたいに、笑って欲しいと思う。
うざったくてもいい、俺はこんなサクラ、嫌だ。
俺は、泣いてるサクラの手の上にぽん、と手を乗せる。
泣くのをやめて、俺の顔を見上げるサクラ。
目が、赤い。

「泣いてないで、探そうぜ。
 一緒に探してやるから。大切なモノなんだろ、あれ。
 見つけたら、いくらでも褒めてやるから。約束するよ。
 …恥ずかしいけど。
 だから…泣くなよ」

しばらく惚けたような顔でサクラは俺の方を見ていたが、
やがて涙を拭いて、微笑みながら、

「うん!」

やれやれ、世話焼かせやがって。
そう思いつつ、その笑顔を憎むことは出来なかった。
それにして…
俺はドブ川の方へと視線を向ける。
改めて見なくても、川はやたら汚れている。
おまけに、この寒さだ。
長くは入っていたくない。

「とっととやるかぁ…」

覚悟を決めた俺は、ズボンの裾を折り、上着を脱ぐ。
ザブザブと川に入っていく。
うぅ、やっぱり寒い…!
くそぅ、岩村のヤツ、一生恨んでやる…
だが、そんなこと考えてても見つかるわけではない。
とっとと作業を開始しよう。
と、隣でじ、っと川を見ているサクラに気付く。
何やってんだ、こいつ?
早く入れ、と言いかけて、やめた。
サクラは仮にも女の子だ。こんな汚れ役、俺だけで十分だろう。

「お前は、そこから見ててくれ。
 もしそれらしいのが見えたら、場所を教えてくれるだけでいい」

「うん、わかった。俊、その…ゴメンね?」

申し訳なさそうに、顔をうつむける。
らしくない。

「何言ってるんだ、お前が謝ること無いだろ?悪いのは、無理矢理取ろうとした岩村だけだ」

「でも…私があのとき渡してれば、ホントに素直に返してくれたかもしれないし…」

そして、またシュン、とする。
ああ、ホントにもう。苛立ちが募る。

「んなわけねーだろ、あいつが!
 お前は悪くなかったんだ!絶対にそう!そうに決まってる!
 だから、安心して、いつもみたいに笑ってろ!いいな!」

「…うん」

やれやれ、まったく。
俺までらしくないじゃないか。
それにしても…

「見つからないねぇ…」

「ああ…」

探し始めて10数分、それらしいモノは見つからない。
それどころか、見つかるのはゴミばかりだ。
時々、得体の知れない謎の物体に触ってしまったりして、気持ち悪い。
くっそー、ホントに恨むぞ、岩村!
さらに捜索すること数時間。
昼ご飯も食べずに、探し続けたが、一向に見つからなかった。
気がつくと、日が沈みかけていた。
サクラがいよいよ弱気になる。

「もういいよぉ…俊、風邪ひいちゃうよ?それに、真っ暗で何も見えないじゃない?
 私、諦めるから。だから…」

最後まで言わせず、俺は叫んでいた。

「諦めるなんて、簡単に言うな!お前の大切なモノじゃないのか!?
 だったら、簡単に諦めるな!それに…
 それに、俺だって、またお前がペンダントをつけてるとこを見たいんだから。
 約束、しただろ?」

もう、照れはしなかった。
それが、本音なのだから。
誰かが聞いていようと構わない。
もう、これ以上サクラを悲しませたくない。
そのセリフを聞いて、サクラはしばらく沈黙していた。
妙な間だった。
が、しばらくして、口を開いた。

「ありがとう…でも、今日はもうやめよ?
 風邪ひいたら困るし…それに、何か最近この辺物騒だって言ってたじゃない?」

そう言えば。
忘れていたが、何でも隣町に通り魔が出たらしい。
物騒だというので、うちの小学校でも帰りは集団で帰らせるように指示している。
いい加減、周りも暗い。
そんなヤツもうろついているかもしれないというのに、こんな時間に、
子供二人なんて、物騒なことこの上ない。
仕方ない…残念だけど、今日はこの辺で打ち切りだ。

「じゃ、また明日、一緒に探そう」

「うん…ホントにありがと」

「だから、いいって。気にすんなよ」

ザバ、と川から上がる。
汚れすぎたのと、暗いので、もはや足をまともに視認できない。
早く風呂に入って、サッパリしたい。
と、その時。
突然、背中にサクラが抱きついてきた。

「な!」

いきなりのことで、身体が固まった。

「な、何だよ!?は、離れろ、恥ずかしいだろ!?」

手をつなぐなんてレベルじゃない。
人が見ていようと見ていまいと、関係ないほど恥ずかしかった。
そんな俺とは対照的に、サクラは、

「でも、俊、身体随分冷えちゃってるじゃない…
 私には、こうすることくらいしか出来ないから…」

泣き入りそうな、弱々しい声。
ダメだ、こーいうサクラには、俺はとことん弱い。
つい、

「…家に着くまで、な」

許してしまう。
でも、彼女の体温は、俺を優しく暖めてくれた。
ああ、優しさって、ホントに暖かいもんなんだな。
そんなことを、ぼんやり考えていた。
サクラを見送って、無事自宅に着いてからも、
背中に残ったぬくもりを感じていた。
あまりの汚れに母さんが怒っていたが、全然耳に入っていなかった。
なんだろ、これ…?
ぬくもりは消えたのに、何かが心の中にひっかかっていた。
よくわからないモノだったけど、不思議な感じだった。
嫌な感じは、しなかった。






次の日の放課後、俺は塾をサボってまたあの公園にやってきていた。
もちろん、サクラも一緒だ。
幾分か元気を取り戻していたサクラを見て、ホッとした。
その時、昨日の無理がたたったのか、頭がだるかったのだが、少し治ったような気がした。

「今日は私も入るよ!」

「えぇ?大丈夫なのか?」

「大丈夫!今日は長靴持ってきたし、服も汚していいヤツだから。
 それに、昨日から続けて俊にばかり苦労させてもいられないしね」

「それなら、頼む。少ししんどかったんだ、実は」

元気になったサクラを見て、安心して弱気な発言もできる。
今日こそ、見つけてやる。
そう、心に誓う。
だが、世の中それほど甘くはないらしい。
二人で捜査範囲を広げてやったというのに、全然見つからない。
ホントに、ここに落ちたのだろうか、と疑問に思うほどだ。
それでも、探し続けるしかない。
そうしなきゃ、見つかるモノも見つからないだろう。
だが、ここで、昨日からの疲労がたたった。
頭の痛みが、お寺の鐘のように響き続けている。
時間が経てば経つほど、警報は大きくなっていく。

「大丈夫?顔色悪いよ?」

サクラにも心配されるほどだ。
よっぽどきてるらしい。

「ああ、悪い、少し頭が…」

「大丈夫!?」

急いで俺のおでこに手を当てるサクラ。
ひんやりとして、気持ちいい。
ぼんやりと、そんなことを考える。

「ダメ、熱あるよ。今日はもうやめよ。家に帰って、休まないと」

「大丈夫だよ、このくら、い…」

平気だ、と続けようとして、続けられなかった。
足下がふらつき、踏ん張ることすら出来ず、そのまま彼女の方に倒れかかる。
身体に力が全然入らない。
情けない…
「やっぱり、ダメじゃない!いいよ、無理しないで。
 今日がダメでも明日があるじゃない。
 でも、俊の身体には替えが効かないのよ。
 もっと大切にしないと!」

確かに、その通りだ。
今このまま続行しても、サクラに迷惑をかけるだけだ。
こんなドブ川、誰も何か探すヤツなんていないだろうし、
今無理をしても仕方ない。
でも。
そう思いながらも、ここにいたいと思った。
早いとこ、ペンダントを見つけて、サクラの完全に安心した顔が見たかったから。
ホントに、情けない。

「じゃあ、今日はこの辺で終わりにするか…」

「うん、そうしよう!」

サクラはホッとした顔になり、川から上がる。
俺もそれに続こうとするが、足がまたもふらつき、危うく転びそうになる。

「危ない!」

サクラがすかさず俺の身体を支えた。
…なんつーふがいなさ。

「肩、貸してあげるよ」

「…わりぃ」

「何よ、今日は随分と素直じゃない?」

嬉しそうに肩を貸しながら、サクラは言った。
いつもなら、反論の一つもしようものだが、今日はまったく力が入らない。
頭がボーっとして、むしろずっとこうしていたい、と思う。
病気だ、それもひどすぎる。
でも、悪い気はしない。
熱のせいで、余計な恥ずかしさが消えたからかもしれないな。

「いいだろ、たまには。俺は病人みたいだからな…悪いか?」

他人事のように言う俺を、サクラは何ともいえない表情で見ていた。
変な安らぎと、不安のようなモノがある。
よくわからないが、確かにそれが感じられた。

「悪くなんか、ないよ。それより、嬉しい。
 俊は、いつも強くて、何でも自分でできてしまう、って顔していて。
 でも、どこかで寂しい、って感じてると思ってた。
 強く見せようとして、それを誰にも言えないで、苦しんでいるように見えた。
 そんなふうに苦しんでいる俊を、助けられずに、邪魔ばかりしていると思ってた。
 いつも何とかしたいと思って、俊が唯一自由な日曜には、会いに行っていた。
 俊は、それでも私にさえ弱いとこ見せてくれなかったけど。
 でも、今こうして俊が私だけを頼ってくれている。それが、嬉しいんだ」

ニコリと笑う彼女が、今、一瞬だけど、天使のように見えた。ウソじゃない。
みんなの苦しみを、包んでくれる優しさを持っているように見えた。
いつも、お節介だ、と感じていたそれは、純粋な優しさからだと気付いた。
だが、どうしてだろう。
同時に、サクラがどこかに飛んでいってしまうような、妙な不安に包まれた。
背中に、天使の羽根を生やして、どこか遠くへ。
反射的に、俺は サクラの肩を強く掴んでいた。
どこにも行かないように。行かせないように。
今、どこかに飛んでってしまうかもしれないのは、むしろ自分の方なのに。

「な、何?」

いつもはサクラの役割である突然の行動に、そのサクラが慌てふためく。
だが、そんなことには構わなかった。

「…くなよ」

「え?」

「どこにも…行くなよ。飛んでったり、するなよ」

不安を口にする。
口にしないと、不安が現実になってしまいそうで。
彼女のことを、止めることもできずに終わってしまうような気がして。
そんな弱気な俺の態度を見て、サクラは優しく微笑んだ。

「大丈夫…私は、俊の側にいるよ、いつも、いつでも。これからも…」

サクラのぬくもりが、手を通して伝わってくる。
優しさという名の、ぬくもりが。
どうしようもなく、心地よかった。
ふと、サクラの歩が止まる。
それにならって俺も止まり、前方を見る。
岩村だった。
何故か、今日は子分のヤツらがいなかった。
鼻の頭が赤い。ずっと外に出ていたようだ。
もしかして、俺達を待っていた…?
でも、何のために?
疑問が浮かんだ時には、既にサクラは動いていた。

「行こ」

岩村を見ないようにしながら、サクラは足早にその場を立ち去ろうとする。
岩村が、何か一瞬言いたそうな顔をしたが、気のせいだったように、いつもの皮肉げな顔になり、

「へ、女に肩借りてるのかよ、だせぇヤツだな、日下。
 そんなんだから、むかつくんだよ。もっと男らしくしろよ」

急に、サクラの歩が止まる。
キッ、と岩村の方に振り返り、叫んだ。

「ふざけないでよ!あんたが昨日あんなことさえしなければ、
 俊はこんなになるまであんな汚い川でドブさらいせずに済んだんだから!
 あんたのせいなのよ!分かってるの!?
 あんたなんかがバカに出来るような人間じゃないわよ、俊は!!」

涙を流しながら、叫んでいた。
その様子に、さすがの岩村もたじろいでいた。
俺でさえも、唖然としていた。
しばらくして、また岩村は何か言いたそうな顔をしたが、

「フン!」

そのまま帰っていった。
結局、何がしたかったんだ、あいつは…?

「なぁ、サクラ…」

「何?」

「岩村、こんなとこで何してたんだと思う?」

「知らないわよ、あんなの!俊をバカにするようなヤツのことなんて、知りたくもない!」

プンプンしながら、サクラは怒鳴った。
俺はその剣幕に押され、むしろ岩村に同情した。
しかし、ホントに何の用があったんだ?
もしかしたら、何か言いたいことがあったのかもしれない。
今度会ったら、その時は聞いてみよう。
ただ皮肉を言うためだけにこんな寒いとこで何分も待ってたりしないだろうし。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか家に着いていた。

「ありがとう、ここまでで十分だ、帰っていいよ…」

「ダメよ、ちゃんと俊が寝るまで、安心できないもの。おじゃましまーす」

そういって、サクラはずかずかと人の家に足を踏み入れる。
こんなとき、頼もしいんだか、そうでないんだか。
まぁ、今は両親ともに働きに出てるので、ありがたいと言えばありがたい。
サクラは、何度も家に足を運んでいるだけあって、
まるで自分の家のようにテキパキと行動した。
勝手知ったる他人の家、とはこーいうことを言うんだろうな。
サクラに用意された布団の中で、ぼんやりと考えた。

「40度!よくここまで我慢したわねぇ」

体温計を俺の身体から取りだしたサクラは、感心したように呟いた。
でも、俺はどこか他人事のように思え、

「そいつは、すごいな…」

とだけ言った。

「あんたがすごいの。全く、こんなになるまで…」

また、心配そうな顔になる。
やめてくれ、そーいう似合わない顔は…
慣れないから。
そう言う力さえ残っていない。
その時、一瞬、目の前が暗くなった。
何だ、と思ったら、次の瞬間に、サクラの首が見え、
おでこに何かが触れた。
それが何なのか、熱に浮かされてよく分からない。
サクラはそんな俺に構わず、

「元気になるおまじない。
 大丈夫、すぐよくなるよ、何せ私のキスなんだから」

「…は?」

なるほど、そういうことだったのか…
まったく、こいつは最近おかしすぎる。
行動が前にも増して突飛になってきている。
ふと、サクラの顔を見ると、頬を赤く染めて、笑っていた。
あの、天使のような笑顔で。

「じゃ、私、そろそろ行くね。ちゃんと寝て、治しなさいよ!」

「母親みたいだな…」

「そうよ、だって俊は私がいないとダメだもんね。じゃーね!」

「あ、待て!俺が治るまで、一人で探しに行こう、とか考えるんじゃないぞ!
 俺が治ってから、二人で探すんだぞ!」

「うん、分かった。またねー!」

扉が閉まり、やがて足音が遠のくと、俺はふぅ、と溜め息をつき、

「やれやれ…」

と呟いた。
無茶、しないだろうな…
ぼんやりと考えながら、俺はまどろみの中にいた。
とりあえず、今日は疲れた…
少し、寝ないと…
そこで、俺の意識は途切れる。

気がつくと、母さんが心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた。
とりあえず、風邪をひいたので塾を休んだことにしておいた。
母親は了承し、塾に連絡を入れておいてくれた。
まぁ、ウソではないだろう、実際風邪をひいたのだから。
そして、また一眠りしようとした、その時。
一瞬、ホントに一瞬だが、何か…嫌な予感がした。
だが、それを感じた瞬間に、俺はまた深い眠りへと落ちていった。
気のせいだったような一瞬だったのと、だるかったので、起きていられなかった。
そして翌日、その予感が的中した。
いつの間にか夕方になり、夕日が射し込む部屋の中、母さんが、それを口にした。

サクラが、通り魔に、刺された。

俺は、それを聞かされた瞬間、体中の熱が引いたように感じた。



#



母さんから聞かされすぐに、病院に向かう。
頭が痛いのなんて気にしていられない。
心配で、仕方がなかった。
昨日まであんなに元気だったんだぞ?
ウソに決まってる…!
だが、現実はやはり甘くはない。
看護婦さんから聞いた急患の名前は、やっぱりサクラの名だった。
その場に、崩れ落ちる。
何でだよ…?
俺と一緒に、って言っただろう?
一人は危ないから、って。
それなのに、ふざけんなよ…!
このまま死んだら、俺は何も言えない。
俺は、お前に感謝の言葉も言えてないんだぞ…!
お前のお陰で、俺は随分助かっていたんだぞ!
お前のお節介に、俺は救われていたんだ…
何で、何でそれすらも言わせないで勝手にいなくなろうとしてんだ!
どうして、あのときに俺は岩村から取り戻せなかったんだ…
どうして、俺はもっと早くこいつの宝物を見つけられなかったんだ…
どうして、俺は風邪なんてひいてしまったんだ…
どうして、もっと俺は強く止めなかった…
どうして、こいつは、俺がいないときに通り魔なんかに…!
何のせいにすればいいのか、わからなかった。
ただ胸の奥が、ギュッと締め付けられた。
傷もないのに、痛くて、苦しくて、切なくて。
どうしようもなく涙が出てきて。
悲しかった。
どうして悲しいのか。俺はようやく理解した。
これが、好きって感情なんだ。
そのドキドキに、今まで目を背けていたんだ。
それを見てしまったら、サクラとの距離が遠のくような気がして。
でも、そうしなかったことが、今の俺には間違いだったように思えた。
しばらくそうして泣いていると、ふ、と目の前が暗くなった。
見上げると、ちょうど医者が目の前の扉から出てきたところだった。
反射的に、俺は立ち上がっていた。

「なぁ、サクラは助かるのか!?
 助かるんだろう!?命に別状はないんだろう!?
 また、いつものように笑えるようになるんだろ!?
 うざったくなるくらい、明るいあいつにさぁ…
 なんとか、なんとか言ってくれよぉ…」

泣いていた。
医者の胸を叩きながら、俺は泣いていた。
ようやく自分の気持ちに気付いた、遅すぎた自分への苛立ち。
肝心なときに彼女を守れなかった、ふがいなさ。
今、何もできない情けなさ。
いろんな気持ちが複雑に絡み合って、結晶となり、頬を伝っていった。
医者は、そんな俺の様子を見て、何とも言えない表情になる。
そのまま、ゆっくりと言い聞かせるように、語りだした。

「残念だが…命の保証は出来ない。
 確率は五分五分だよ。私達も最善は尽くすつもりだがね。
 指をくわえて見殺しにするつもりはない。
 …恐らく、峠は今夜だろう。それさえ越えれば…」

今夜。
外は既に夕日も沈みかけていた。
それを聞いた瞬間、俺は医者の制止を無視して、その場を全力で走り去った。
せめて、彼女との約束を、果たすために。

「…くっそぉぉぉぉぉおおおお!!」

涙を流しながら、走った。
今、俺に出来ることを、やるために。





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