第一話 -


秋晴れが広がる空の下、空き地では、
もはや日課と言ってしまってもよい出来事が繰り広げられていた。
ダメシンボルことのび太が暴力と破壊の象徴:ジャイアンにつるし上げをくらっているのだ。
毎回状況は若干違う。
今回は、
『今日発売のマンガを買ったばかりでまた読んでいないのに
ジャイアンに貸せと言われたのび太が必死に拒んでいる』
という、アニメでもしょっちゅう使い回しされている様なシチュエーションだった。
両手でマンガを抱えながらもジャイアンに胸倉を掴まれているのび太は苦しげに叫んだ。
「やだー!!僕が買ってまだ読んでないのにー!!」
「うるせえ!のび太のくせに!!」
お決まりのセリフ。
言い終わるよりも早く、ジャイアンの拳がのび太の頬をえぐった。
回転しながらふっ飛ぶのび太。
「オレのモノはオレのモノ!!オマエのモノはオレのモノ!!」
出たよジャイアニズム。
「最初っから素直に渡せば痛い思いせずにすんだんだぞ。スネ夫、行こうぜ」
泣きべそをかきながら、地面にうずくまっているのび太をよそに、
ジャイアンは取り上げたマンガを片手にさっさと空き地を離れた。
泣いているのび太を見ていられなかったからだ。
この数分間のやり取りの間、ジャイアンの足は震えっ放しだった事に、
のび太もスネ夫も気付く事はなかった。


しばらくして、スネ夫と別れたジャイアンは急いで帰宅して自分の部屋に駆け込んだ。
「うううっ……うっうっ……!!」
一気に全身から汗が噴き出す。
緊張の糸がぷっつりと切れてしまったためだろう。
「もう嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……」
小声でブツブツと呪詛を唱えるかのように呟くその姿は、
のび太をいたぶっていたガキ大将の面影は欠片もない。
(僕はいつまで『ジャイアン』を演じ続けなければいけないんだ…?)
彼は心の中では自分の事を僕と呼ぶ。
(つらいよ、苦しいよ、泣きそうだよ…。何でここまでして生きてなきゃいけない?)
いっその事死んでしまいたい。
しかし死ぬのも恐い。
(僕はどうすればいいんだ。助けてよ、誰か…)
彼は入り口も窓も閉め切った部屋で、
いつまでもいつまでも大きな体を精一杯縮こまらせて震え続けていた。


今では小学生ながらも、中学・高校生並みの体格・力を誇るゴウダタケシだが、
幼い頃(と言ってもたかだか数年前だが)は、とても体が小さく、病弱だった。
元気と言うものが欠落し、床に伏せている事が多かった為、
たまに体調が良い時に外に遊びに出ても遊び相手がいるわけもない。
ましてや気弱な彼に他の子供達の輪の中に飛び込む勇気などなかった。
そんな彼に声をかけた同じ年の頃の少年がいた。
タケシの遊び相手になってくれたとは言えないだろう。
どっちかと言うとタケシはその少年の子分的な扱いだった。
イジメられていたと言ってもいいかもしれない。
その少年はタケシより少しだけ身長が高く、他の子供とはほとんど遊ばなかった様で、
タケシにちょっかいを出すのが常だった。
彼は毎日タケシの家まで来て、タケシを引きずり回していたが、
タケシはおろか、タケシの家族も少年の名前や住所を知る事はなかった。
タケシが小学校に入学する頃には少年とのつながりもごく自然に消滅した。
タケシも体こそあまり成長しなかったものの、病気で寝込む回数は減った。
しかし、気弱で、人の言い成りになる性格が改善される訳はなく(むしろ拍車がかかった)、
中休みや昼休みには、一人でアリの巣をいじったり、ウサギ小屋を覗いて暇を潰していた。
だから彼がクラス内で孤立したのは、当然と言えば当然とも言えるだろう。
タケシは、いつしかクラスでいじめられる様になっていた。
その事が、タケシの心の中に密かに漂っていた、人に接する事に対する恐怖心の肥大に繋がり、
より人と触れ合う機会は減少し、イジメはますますエスカレートしていった。
心は、軋み、黒く塗り潰され、いびつに歪む。
(誰か僕を助けてよ…)
学校から帰ると自室に閉じ籠ってひたすら震えながら誰かに祈り続けた。
祈るだけで救われる程、どの『世界』も甘くはない。
結局状況を打開したのは、彼自身の力だった。


ある日の中休み。
いつもなら一人寂しくウサギ小屋でウサギ達と遊んでいたはずだったが、この日は違った。
クラスで中心となってタケシをいじめてる奴らに見つかってしまったのだ。
「いつも小屋の中にいるのは健康によくないから、俺らが散歩させてやろうぜ!」
そいつらのリーダー格だった少年の一言で、
ウサギ達は彼らのオモチャとして扱われる事になってしまったのである。
「おい、これ紐にしようぜ!」
少年らの一人が、どこからか拾ってきたのは、赤サビが生えたバラ線だった。
それをリードにしようというのだ。
当然、そんなものをウサギの首に巻き付けて引きずったりなどしたら、
棘が刺さって呼吸器官や血管を傷つけてしまったり、
ケガをした箇所から細菌が入るかなどして、ヘタをすれば死んでしまうだろう。
「やめて!やめてよっ!」
数人がかりでウサギを抑えつけてバラ線を巻きつけようとするのを止めさせようとするタケシ。
「うっせぇよ!!」
リーダーのガキ大将に突き飛ばされたタケシは情けなく尻餅をつく。
「誰か止めてよ、助けてよ、かわいそうだよ、ケガしちゃうよ、死んじゃうよ、助けてよ!!」
悲痛な叫び。
しかし、手を止めようとする者はいない。
「誰もお前なんか助けてくれないんだよ、バーカ」
ヘラヘラ笑う少年達。
(助けてくれない……。誰も助けてなんかくれない。
祈っても叫んでも誰も助けてはくれない…)
タケシは地面に横たわりながら心の中で、絶望を反芻し続けた。
(そうだ。頼りになるのは自分だけだ。他のヤツなんかあてにする事自体間違っていたんだよ)
心の中で何かが冷え切っていくのが分かる。
「だから、だから……自分の力で……!!」
「何がだからなん…がっ!!」
小声でボソボソと呟くタケシの方に首を巡らせたガキ大将を襲ったのは鈍い衝撃だった。
タケシによる渾身の頭突きをくらったのだった。
偶然にも頭突きはガキ大将の顎部に当たり、
彼は脳震盪を引き起こしそのまま倒れ込んでしまった。
その場にいた全員が気を失った彼を呆然と見ていた。
「うわ、うわぁぁあ!!」
連中の一人が声を上げて逃げ出すと、他の少年らも
パラパラとガキ大将を置いたまま逃げ出してしまった。
残されたのは、自らの行動に驚いていたタケシと気絶したガキ大将と、
間一髪で難を逃れたウサギ達だけだった。


小学生が中高生と異なる点は、力関係が移りやすい事だろう。
ちょっとしたきっかけ一つで、苛める側と苛められる側が変わってしまう事も多々ある。
また、小学生は数こそが絶対なのだ。
確固たる信念(少し大袈裟だが)を持って一人でもつっぱれる子供など、
そうそういるものではない。
だから、今までガキ大将の側にいた連中が、手のひらを返すかのように
ガキ大将をぶちのめしたタケシに急に馴れ馴れしく振舞うのは、当然で自然な流れだった。
一気にクラスの中心となってしまったタケシも、その事はよく分かっていた。
なので、いつまた自分が苛められっ子に戻るのかを恐れ、
また、信じられる友人など誰もいなかったので、
ただひたすら虚勢を張り、他者を暴力で抑えつける事で、
ガキ大将の地位を維持し続けるしかなかったのである。
その頃には、体はすくすくと成長し、カゼもひかない程健康優良児となっていた為、
ケンカで負ける事などなかった。
しかし精神、ココロはそう簡単に成長するものではない。
もはや他人と目を合わせるだけで背中に冷や汗と脂汗をびっしりとかき、
体中が震え出してしまう程に、タケシの内面は外見と反比例して弱々しく縮小してしまっていた。
タケシは己の心を殺しながらガキ大将を演じ続けた。
いつからか、周りから畏怖と敬愛の念を込めて『ジャイアン』と呼ばれるようになった。
そして―――。
時は経ち、彼はのび太と同じクラスになる―――。



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