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君がいた奇跡 #1 - 澄みきった青空に、白い煙が上がっていく。
その下には、僕、神崎秀人がいた。 タバコを吸っているわけじゃない。 第一あんなもの、吸いたいとも思わない。 『大山家ノ墓』と、目の前の石に彫ってある。 ようするに、線香を上げてたわけなのだが。 ― もう、あれから1年がたつんだなぁ… 僕は、ふと昔を思い出した。 忘れようにも、忘れられない。 もっとも、忘れる気なんて、毛頭ないのだが。 今思えば、あの時の自分が、今まで生きて来た中で、1番輝いていたと思う。 人は、恋をすれば変わると言うけれども。 あれはそう、今日のような暑い日の出来事だったっけ。 彼女との出会いは、大体1年前にさかのぼる。 # 「それじゃ、行ってきます」 その日、僕は高校の入学式の日だった。 「忘れ物、ない?大丈夫?」 心配そうな母の声。 少し過保護のような、いや、親ならこれぐらいは当たり前なのかもしれない。 「大丈夫だよ、母さん。僕だって、もう高校生なんだから」 「そうね。後でちゃんと見に行くからね」 「うん、分かった。それじゃ」 いつも通りの、けれど入学式前で少し緊張した感じでの会話。 日常の会話。 当たり前だった、今までは。 「おーい、神崎〜!」 後ろから、聞きなれた声がする。 振り返ると、そこには小学校からの腐れ縁である、国井達也がいた。 「おはよう」 僕は、彼に朝のお決まりのあいさつをした。 小走りに来た彼は、僕の隣に来るとペースを僕に合わせて2人で並んで歩き出した。 「いやぁ、ついに俺達も高校生かぁ」 「そうだね」 「なんか、実感湧かねぇよな」 「まぁ、前とメンツがあまり変わらないからね」 このへんに住んでいるものは、みなこの高校に来る。 理由は、対してみんな学力が高くなく、他の学校が望めない事もあるけれど、 やっぱり一番の理由は近いからだろう。 みんな、案外適当である。 まぁ、僕も人の事は言えないけれど。 と、そんなことを考えながら歩いていると、学校がもう見えてきた。 歩いて15分の距離は、やはり通学に便利である。 「神崎は、どのクラスだ?」 僕達は、今、掲示板の前にいる。 自分がどこのクラスかを見にきたのだ。 「え、とCだね」 「俺はB。なんだ、一緒じゃないのか」 「ま、隣だし、別にそんなに離れるわけでもないでしょ」 「それもそーだな」 クラスも分かったので、僕達は校舎の中に入る事にした。 この高校は昔からある、結構趣のある学校だ。 まぁ、言葉を変えればボロい、の一言で済むのだが。 でも、僕にとっては、こういう学校の方が好きなのだ。 今までに生きてきた人達が、いろいろな思い出をこの建物の中に残して、去って行く。 この建物の中に、いろんな人の思いがつめられていると考えると、 なんかジーンとするものがある。 いろんな人達のドラマを見てきたのだ、この建物は。 僕も、納得のいくドラマを、思い出をこの校舎の中で作って、残して行きたい。 こんな変なことばかり言ってるので、人からはよく爺臭い、と言われる。 でも、別に僕はこの考えは特に嫌いではないし、それに、みんなだって無意識の中ではそうしたいと 願っているはずだ。 だから、きっと素晴らしい生活が送れるだろう。 みんなが願えば、何だって出来る、きっと。 # その時の僕は、現実とはそれほど素晴らしいものばかりではなく むしろ辛い事が多いとは、まだ知らなかった。 だが、きっとそれもドラマの一つなのだろうと、最近になって ようやく穏やかに懐かしむ事が出来るようになった。 これも、きっと彼女と出会い、そしてたくさんの思い出をもらったお陰だろう。 だが、思い出とは過去の産物であり、そして2度と取りかえす事のできないものであるのだが。 # ざわざわざわ… 教室に入ると、みんなのざわめきが耳に飛び込んでくる。 みんな、高校生になれて、浮いているのだろう。 これからの3年間に、期待を膨らませて。 黒板を見ると、座席表が書いてあった。 僕は窓側の後ろから2番目。 なかなか良い位置だ。 特に、春は陽気が良く、ぽかぽかと暖かいだろうし。 僕が座席に着くと、後ろに一人、顔を腕の中に埋めて座っている少年がいた。 見た事のない人だった。 少なくとも、僕がいた中学の人ではない。 特に話す人もいないし、とりあえず彼に話しかけてみる事にした。 「やぁ」 「…」 彼は顔を上げただけで、何も言わなかったが、僕はかまわず続ける。 「僕は神崎秀人。梅ヶ丘中から来たんだ。君は?どこから来たの?」 「…」 彼は、何も言わずに人差し指を上に向けた。 …どういう意味だろう? どこか、山の方から来たのだろうか。 だとすると、転校生? それとも、別の意味でもあるのだろうか? 僕が不思議がってると、彼はめんどくさそうに、口を開いた。 「空だよ、空。もっとも、誰も信じねぇけど」 そう言うと、彼はまた押し黙った。 空?どういうことだろう? からかわれているのだろうか。 多分、そうなのだろう。 昔から、ボクはからかわれやすいのだ。純粋だ、とかなんとか。 だが、いまいちそうとも言い切れなかった。 それは。彼が冗談を言っている顔ではないからだ。 だけど、もしかしたらただ単純にこの人の顔が普段からこんな感じなだけなのかもしれない。 とりあえず、僕は彼に合わせることにした。 それが一番である。 「ふぅん、そうなんだ。ねぇ、空ってどんな感じ?」 「は?」 今度は、向こうが呆気にとられる番だった。 だが、しばらくすると、彼は急に吹き出した。 「っははは、おもしろい奴だな、お前」 ようやく笑ったので、ホッとして、僕も一緒になって笑った。 「お前みたいのは、初めてだよ。よし、特別に聞かせてやるよ、俺のことを」 彼は、まるでこれからとっておきの怪談を話して、驚かせてやろう、 というような顔で話し始めた。 「俺の名前は神宮寺弘樹。さっきも言ったように、空からやってきた。 そして実は、俺には使命があるのさ」 「使命?」 「そう、使命さ。それも、誰からの言いつけだと思う?」 彼は、もったいつけるように聞いてきた。 僕は、さぁ、と肩をすくめる。 すると、彼はニヤリと笑い、とんでもないことを口にした。 「神の、さ」 「…」 突然だったので、僕は一瞬言ってる意味が理解できなかった。 しばらくして、頭がこれは冗談だな、と認識する。 そう、これはあくまで彼の冗談なのだ。 顔は真面目でも、とりあえずそうだろう。 そう考えて、彼の話にまた耳を傾ける。 「ま、大抵の奴、っていうかみんな嘘だって考えると思うけどな。 信じろって言う方が無理な話だろうな。だけど、こいつは本当の話なんだぜ。 そして、これを話すのも、お前が初めてだよ」 なんとなく、さっきまで嘘だと考えていたのに、その考えこそがでたらめのように思えてきた。 なにせ、彼の目はまっすぐで、まさに本当のことを言っているとしか思えないのだ。 元からそうだとは思えないほどに。 とても、冗談を言っているとは思えなくなってきた。 だが、こんな話はにわかには信じられないので、僕の頭の中では、まだ冗談と認識している。 「へぇ、それは光栄だね」 僕は、彼に合わせるように言う。 すると、彼は心底嬉しそうに顔を輝かせた。 「信じてくれるのか?」 「まぁね。だって、顔が嘘をついてないし」 言ってることと考えていることが矛盾しているぞ、と心の中呟きながら、彼の話を聞き続ける。 「そう言ってくれるのは、お前が初めてだよ。 まぁ、話したのが初めてなんだから当然といえば当然だけど。 きっと、これから誰かに話してもお前みたいには反応しないんだろうな」 彼の純真さに、心がチクッと痛んだ。 やっぱり、嘘じゃないのだろうか? 「それでな、その使命って奴が大変なんだよ。 まったく、神は何を考えているのだろうな」 とても無信教国の国民の言いぐさとは思えないな。 心の中でそっと呟く。 そうでも思わないと、僕は嘘をついているプレッシャーから逃れられなかった。 「だってよ、奇跡を与えてこい、なんて言うんだぜ、奇跡を。 どうしてわざわざ必要のないことを与えなければならないのか、俺には理解できないよ」 「…奇跡…?」 「そ、奇跡。なんだか、怪しい言葉だよな。 あなたは奇跡を信じますか、とか言えばいいのかね。どっかの宗教みたいに」 「あはは、そりゃ怪しい」 「だよなぁ」 ぎこちない笑いだったが、それでも彼は自然と受け取ってくれたようだ。 ガラッ。 と、前の扉が開いて、みんな慌てて席に着く。 入ってきた人物は、教卓の前に立つと自己紹介を始めた。 「今日から、君たちの担任になる、村田浩二だ。これから1年間、よろしくな」 なかなかよさげな先生だ。 少なくとも、悪い人には見えない。 そう見せるのは、きっと体格が良く、人の良い笑顔を浮かべているからだろう。 悪く言うと、太ってるってことなんだけど。 「それじゃ、9時から式が始まるから、みんな体育館に行け。自己紹介は、それからだ」 そう言うと、先生はまた外に出ていった。 僕らも後に続く。 これからの1年、か。 さっきの先生の言葉を思い出しながら、廊下を歩いていく。 どうなるんだろう、これから。 そう考えつつも、やはり僕の頭の中は、神宮寺君の言葉の真意について悩んでいた。 すでに、体育館には他のクラスの新入生が何名か来ていた。 もうすぐ式が始まる。 僕も席に着かなければ。 「よ、神崎」 声の方を向くと、さきほど別れた国井達也がいた。 「どうだ、新しいクラスは?」 「う〜ん、まぁまぁ」 「先生はどんな感じだった?」 「普通かな」 「知ってる奴は?」 「結構いるかな…」 何を聞かれても、ほとんど適当に返す。 頭の中でいろいろと考え込んでいて、彼の言葉はあまり頭の中に入ってきていない。 よって、校長先生やら、PTAのお偉い人のお話は右から左へと筒抜けだった。 頭の中に残っているのは、彼の純真なまでのセリフ。 嘘をついていないまっすぐな瞳。 それが、いつまでも心の中にあった。 あの話は、やっぱり本当なのだろうか。 いつまでたっても結論はでない。 そう言えば、母さんと父さんは来ているだろうか? そんな感じでボーっとしていた。 「いやー、長かったな」 国井達也が伸びをしながら言ってきた。 実際、長かったのだろうが、僕は先程も言ったとおり、考え事をしていて、 お話は右から左へ、だったので、そう長いとも感じなかった。 が、とりあえず合わせるのが妥当だろう。 「ま、そう言うもんでしょ、入学式ってさ」 「ま、それもそうなんだけど…あれ?」 何かに気付いたのか、国井が一瞬立ち止まり、前を見つめた。 その視線の先を見ると、やれやれ、もう問題が起きた。 そこにいたのは、中学の時も一緒だった、荒くれだった連中だった。 その中で、一際目立っているのが、竹村貴志。 彼の名を知らない人は、僕の通っていた中学校にはまずいないだろう。 ゆすりやたかり、万引き、煙草、酒と一通りのことはやっていて、 僕達はとにかく迷惑だった。 自分を中心として地球が回っている、と本気で考えている、正真正銘の自己中人間。 「やれやれ…入学早々問題起こす気か?誰だ、相手になってるのは?」 国井もあきれ果てたように言う。 誰だろう、その不運な人は? …って、あれ? あれってもしかして… 「神宮寺君?」 そう、その相手とは、彼の驚異を知らないまさしく不運な神宮寺君だったのだ。 まずい、転校早々こんなことになるなんて。 助けなくちゃ…! 彼は、まだ相手のことを知らないだろうから。 が、人混みが激しく、なかなか近づけない。 あー、もう、わずらわしい! 彼がどんな人間かまだハッキリとは分からないけど、でも、恐らく… 「先にイチャモン付けてきたのはそっちだろう? 俺に謝る義理はないね。謝るのはそっちの方だろうが」 やっぱり。 きっと、そうなんだと思った。 あの真っ直ぐな瞳は、きっと、悪い奴らには決して屈さない、 裏を返せば無鉄砲なんだと。 「はぁ?なめてんのか、てめぇ!」 そう言って、不良の一人が殴りかかった。 あぁ、ダメだ、もう間に合わない! そして、彼はその手加減を知らない右の拳を顔面にくらい、吹き飛ぶ、はずだった。 予想に反して、吹き飛んだのは不良の方だった。 しかも、その不良は空中を綺麗に回っていた。 まるで、サーカスの出し物のように。が、着地はもちろんなかった。 それをやった張本人である神宮寺少年は、ほとんど動いていなかった。 勝手に不良がこけたとは思えない。 彼は、恐らく必要最低限の力で、相手の力だけを利用して吹き飛ばしたのだろう。 とんでもないほど恐ろしい腕前だ。素人目にもそれはわかる。 一体、どんな武術を習っているんだろう。 神宮寺君は、それを見て、 「だせぇな、間抜け」 と、皮肉たっぷりの笑顔で言った。 そして、それはもちろん相手の怒りに油を注いだ。 「やっちまえ!」 竹村の声に反応し、不良達は神宮寺君に一斉に襲いかかった。獣のごとく。 流石にあれだけの数はさばききれないだろう。 きっと、神宮寺君も… そう思って見た彼の顔は、余裕の笑顔だった。 見る者をぞっとさせるような、冷たさを兼ねていた。 最初に襲ってきた者を軽く受け流し、避けざまに膝蹴りを入れる。 うっ、とうめき声を上げ倒れる不良。 続けざまに殴りかかってきた者の腕を、またも受け流し、後ろで極めた。 それを次に来ていた者に向かって突き飛ばす。 不意を突かれ、後ろにいた者達は将棋倒しのように倒れそうになる。 その一番後ろにいた者に、いつの間にか後ろに回っていた神宮寺君が足払いをかけると、 彼らは不様に倒れた。 まるで、魔法のように一瞬で数人を倒してしまった。 それは、まさに彼の言う奇跡のように。 パンパン、と埃を払うと、彼はまたあの笑顔を浮かべ、 「もう終わり?」 と竹村に言った。 竹村の顔が赤くなり、何かを言おうとしたその時、 「コラー!何やってるんだお前ら!!」 村田先生がやってきた。良いタイミングである。 そりゃ、こんなに騒げば来ない方がおかしいだろう。 「大丈夫かい?」 やっと近づけた僕は、彼に声をかける。 が、むしろその言葉は相手達に言ってやるべきだろう。 きっと余裕の表情を浮かべているはずだと思った神宮寺君の顔は、何故かこわばっていた。 何だ、今頃恐怖感でも湧いてきたのだろうか? 「じ…」 彼に言葉をかけようとした時だった。 「人が、死んだ…」 彼は、それだけ言ってその場から去っていった。 「神宮寺く…」 「コラー!そこのお前!お前もだろう!来い!!」 呼び止め、その言葉の意味を聞こうとしたその言葉は、 怒りに頭を赤くしている先生の言葉によってかき消された。 一体、どういう意味なんだろう…? 僕は、その言葉の真意を、このすぐ後、そして衝撃的な内容として知ることとなる。 教室は、異様に盛り上がっていた。 その原因は、もちろん神宮寺君である。 とりあえず、入学したてということで、早めに先生から解放された彼は、今度は生徒達に捕まった。 突然のヒーローの登場に、みんな動揺を隠しきれない様子である。 だけど、彼は、どこか変かもしれない。 自分が神の使いだと言ったり、不良を一瞬に倒したり、そして、何よりさっきの言葉。 彼は周りが騒いでいても、あの時の雰囲気のままである。 神妙な顔をして、あいまいに質問に答えている。 僕には、それが気になって仕方がなかった。 と、その時、前のドアがガラッ、と開き、村田先生が入ってきた。 少し慌てている。時間はまだ余裕があるというのに。 彼の周りで騒いでいた人達は、急いで席に着く。 よし、ちょうどいい。さっきまで近づけなかったから、今度こそさっきの言葉の意味を… 「ねぇ、神宮…」 「このクラスに神崎秀人はいるか?」 その言葉は、またも先生の声によってかき消された。 あー、もう、何だって言うんだ? 今日はホントに、タイミングが悪い。 「はい、僕ですが?」 そう言って立ち上がると、その先生はやや焦った様子で、 「すぐに来い」 とだけ言った。 何だ? 僕が、何かやらかしたのか? あの竹村や神宮寺君ならまだしも、何で僕が? 「あの」 そう尋ねようとした僕に、 「早く行った方がいいぞ」 と、神宮寺君が真剣な顔で言ってきたので、僕はとりあえず付いていくことにした。 行けばわかるだろう、くらいの簡単なノリで。 「一体、どうしたんですか?」 車に乗り込むと、先生は車を急発進させた。 苦虫をかみつぶしたような顔をしたまま。 「それが…」 そこで、先を言うのが辛い、というように、先生は口を閉ざした。 そこで、信号が赤になり、車は止まった。 先生は、ゆっくりと口を開いた。 「実はな、お前の両親が…その…交通事故で…」 そして、僕は両親と会うことになる。 が、すでにそれは喋らず 意志を持たず そして手が冷たかった。 人間とは思えないほど。 そう、すでに人間ではなかった。 意志がない、死体だった。 先生に車の中で事情を説明されても、 実際に目の前にしても、 全てが 嘘のようだった。 信じられなかった。 信じられるものか。 だって、朝会ったばかりだよ? 入学式に来るって、見に来るって、言ったばかりだったんだよ? 父さんなんて、わざわざ会社を休んで来るほどの親馬鹿っぷりでさ。 昨日の夜、母さんに怒られてて。 それを、僕は穏やかに制して。 どっちも来てくれたら、嬉しいよって、言ったら、 父さんは嬉しそうな顔をして。 母さんは少し難しそうな、呆れた表情で。 それで、みん…なで、わら・・って… あれ?おかしい、な。 なんで、前が、見えないんだろう? 父さんと母さんの顔、見えないよ? なんだよ、嘘なんでしょ? 急に起きて、僕のこと驚かそうって、だけなんだろう? 冷たいの、は…ただ氷とか持ってて、それで冷たいだけなんだろう? ねぇ、起きてよ。 もう十分驚いたから。 目を、覚ましてよ! いつもみたいに、笑ってよ! ねぇ、ねぇ、ねぇ!! 目から、滴がこぼれ落ちる。 それは、母さんの顔に落ち、飛び散った。 まばたき一つしない。 そして、それを指でふき取ったとき、僕は気付いてしまった。 手だけじゃなく、全身がもう冷たくなってることに。 そして、知りたくないことを、知ってしまった。 信じたくないことを、信じざるを得なかった。 もう、僕はひとりぼっちなんだと。 「…先生」 「…何だ」 「すいませんが、少し部屋から出ていてくれませんか? …両親と、団らんを楽しみたいので」 「…分かった」 バタン、とドアが閉まる。 その音をきっかけに、僕は両親の身体に顔を埋め、声を出して泣き出した。 嗚咽が、いつまでも部屋の中に響いていた。 だが、その声を聞いて慰めてくれる人達は、もういない。 「…それじゃ、今日は、どうもありがとうございました」 「一人で、帰れるか?」 「ええ、ここから近いので」 「そうか…これから、どうするつもりだ。 さすがに、いきなり一人きりじゃ、生活できないだろう?」 「はい、それなら、近くに祖父と祖母が住んでいるので、多分そちらのお世話になろうかと」 「じゃあ、学校は今のままでいいんだな」 「はい、それは」 「そうか…入学式早々、辛い目に遭ってしまったが、その…気を落とすなよ」 「えぇ。もう、大丈夫ですから」 「…強いな、お前は。それじゃ、また明日な」 「はい、さようなら」 そう言って、先生は車に乗って学校に戻っていった。 それを見送った後、近くのベンチに腰掛けた。 空を、見る。 憎いぐらい、晴れていて、まだ春だというのに、結構暑かった。 蝉の鳴き声がしたら、夏と間違ってもおかしくはなかっただろう。 それから、数分ボーッとした。 気がつくと、涙が流れていた。 おかしいな、もう、出尽くしたはずなのに。 ゴシゴシと涙を拭いた。 けれど、また流れてくる。 もう一度拭こうとした、その時だった。 コツン、と頭に何かが当たった。 それは、紙飛行機だった。 どこから来たんだろう? 辺りを見回すと、3階の窓に、こちらを見つめている少女がいた。 少女は、ジェスチャーで紙飛行機を開けるように指示している。 中には、綺麗な文字で、 『どうして、泣いているの?』 そしてまた上を見る。 少女は、穏やかな笑みでこちらを見ていた。 これが、僕と彼女との出会いである。 ドアを開けると、風が吹き込んできた。 少し瞼をつぶりつつ、その先にいた少女を見つけた。 少女は、とてもはかなげで、今にも消えてしまうような、そんな印象を持たせる子だった。 「こんにちは」 彼女は、穏やかに挨拶をしてきた。 挨拶を返す元気もない僕は、 「…やぁ」 とだけ返す。 「どうしたの?」 そんな僕の様子を見て、彼女は笑顔を消して尋ねてきた。 「なんでも、ないよ。どうせ、言ったところで無駄だから」 そう、こんなことを話したところで、父さんも母さんも戻っては来ないのだから。 喋るだけ、疲れる。 その時、病室に綺麗な声が響いた。 「そんなことないわ!この世に、無駄なことなんて、無駄なモノなんて、一つとしてない!」 強めの口調に、僕は少し押された。 先程までは今にも消えてしまいそうだったのに、その時、これ以上ない存在感があった。 「あ、ごめんなさいね。熱くなっちゃって。 あなたが泣いているのを見たら、ちょっと。 でも、きっと喋ってくれたら、私にも何か出来るかもしれない。 出来なかったとしても、あなたの気が少し晴れるかもしれない。 きっと無駄にはならないと思うから。何でも言って?ね?」 初対面の相手なのに、なんでここまで熱くなれるんだろう? でも…でも、今の僕には、これほど嬉しい存在はいない。 「ありがとう。実は…」 ここで、僕は今日の悲劇を彼女に伝えた。 一言一言が、とても重く感じられた。 それでも、僕は救いを求める罪人のように、言葉を続けた。 全て言い終えたとき、僕の瞼からまた涙がひとりでに流れていた。 途中から、言葉は言葉として伝わっていなかった。 彼女は、そんな僕の話を終わるまで、黙って聞いてくれていた。 それが、本当に嬉しかった。 しばらくして、僕が落ち着いてくると、彼女から切り出してきた。 「それは…辛かったわね」 「ああ。もう…死にたいくらいだよ」 何気なく口にしたその言葉に、彼女は激しく反応した。 「ダメよ、そう言う風に考えちゃ! あなたが死んだからと言って、死んでしまった家族はそれを望まないわ。 それに、死んで何になるの? 死は、何も生み出してくれない。 新しい悲しみしか、残さない。 あなたは、生きられるじゃない。 まだまだ、未来があるじゃない。 それなのに、死にたいなんて…そんな考えしないで。 世の中には、あなたと同じような境遇の人達がたくさんいるわ。 あなたより幼い子だっている。 でも、その人達だって生きようとしている。 例え一人になろうとも。 それが、どんなに辛いことになろうとも、人は、生きることをやめちゃいけないの。 生き続けることが出来る限り」 …本当に、彼女は、どうしてここまで人のために熱くなれるんだろう? ただの性格なんだろうか? いや、それだけではないような気もしないような… とりあえず、それはおいておくことにした。 「ゴメン、そんなこと言っちゃって…」 これだけ僕のために必死になってくれる彼女に、本当に悪い気がした。 そして、とてもありがたかった。 その僕の反省した顔を見て、彼女はまたあの穏やかな笑顔に戻った。 そして、とても辛そうな顔をして、今度は彼女自身のことを話し出した。 「私ね、実は、あなたと同じなの」 「何が?」 「私もね…両親、いないんだ。死んじゃって」 「!」 そうか、だから… 「私が5歳の時に、ね。 その時、私まだ幼かったから。 死ぬってことが、よくわからなかった。 だから、私も死ねば、会えるのかナァ、って考えてさ。 いつも死のう死のう、って考えていた。 そんな時にさ、変な人にあったんだよね」 「変な人?」 「そう、変な人。俺は空から来たんだ、とか変なこと言って」 なんか、神宮寺君みたいだな、と僕は心の中でそっと呟く。 「変な人だったナァ、ホントに」 そう言って、彼女はその時の情景を、静かに語りだした。 よく晴れた夕暮れの日だった。 家にいても、寂しさがこみ上げるだけだったから、私は外を歩いていたの。 もしかしたら、お父さんとお母さんが探しに来てくれるかも知れない。 そんな期待もこめてた。 そして、その時に、その変な人に会ったの。 見た目は若く見えるのに、何故か、すっごく長生きしているようにも見えた。 まぁ、子供だったから、自分より大きい人はみんな年寄りに見えたんだろうけどね。 とにかく、私は尋ねた。 "だれ?" "俺か?俺は・・・そうだな、空に住んでいる人さ。 そこで、君のお父さんとお母さんからちょっと頼まれ事を受けてね" 私、きっと天国ってあるもんだと信じていて、 空の上にあると思ったから、その人に聞いたんだ。 "おかーさんとおとーさんは、げんきですか?" って。 そしたら、その人、ちょっと困った顔して、 "まぁ、とりあえず元気かな。少し寂しそうだけど" それで、私は、きっと私がいないだろうから、って思って、 "なら、あんしんするようにいっといて。わたしも、すぐにそっちにいくからって。" そしたら、その人怒ったような顔して、 "何で死のうなんて考える?君はまだ若いだろう。 まだまだ未来があるじゃないか。なのに何故?" その時、私はなんでその人が怒っているのかよくわからなかったけど、素直に答えた。 "だって、おかーさんもおとーさんもさみしいんでしょ? きっと、わたしがいないからだよ。だから、わたしがいけばいいんだよ。 それに、わたしもさみしいから。" 今思えば、馬鹿な考えだった。 でも、それが一番と思っていた。だから、そう答えたんだ。 そしたら、その人、すごい悲しそうな顔をして、 "君のお母さんもお父さんも、確かに寂しそうだ。 でも、それは君がいないからじゃない" "ならどうして?" 私はよくわからなかったの。 お母さんもお父さんも、私のこと嫌いになっちゃったんじゃないかな、って、すごく不安だったの。 でも、違った。 "それは、君を置いてきてしまったからだよ。 君を一人にしてしまった。それが、とても残念で、無念でならないからだ" "だから、わたしがいけば、おかーさんもおとーさんも…" そう言おうとすると、その人は優しくさえぎって、 "違うよ、それは。君がそこに行くことは、君の両親をさらに悲しませることしかできない。 例え、君がそれを望んだとしても、君の両親は、悲しむことしかできない。 何故なら、君に生きていて欲しいから。 だから、君は死のうなんて考えてはいけない。 例え、どんなに辛いことがあったとしても、だ。 俺は、それを伝えに来た。君の両親がそれを伝えて欲しいと、言っていたからね" そう、優しく言ってくれたの。 それで私は、 "おかーさんとおとーさんがそーいったの? だったら・・・わたし、いきる。 たとえ、どんなにたいへんでも、おとーさんとおかーさんがそーしてほしいなら。 だって、もうかなしませたくないもの。わたしみたいに、なかせたくないもの" そしたら、彼は笑顔になって、 "その意気だ。きっと君の両親も喜ぶだろうよ" って言って、それでいきなり消えちゃったの。 変な体験だった。 もしかしたら、幻だったのかもしれない。 あまりにも寂しくしてる私に、神様が見せてくれたのかも知れない。 けど、私はそのお陰で生きようと思った。 だから、私はここにいるの。 今でも、あの人には感謝してる。 そこまで聞いて、少し僕は信じられなかった。 でも、どこか信じていたのかもしれない。 それは、彼女が、神宮寺君と同じような真っ直ぐな瞳だったから。 嘘はついていない。 それに、例え嘘だったとしても、そのお陰で僕は少し立ち直れた。 それだけでも、十分だ。 彼女も、必死に生きている。 僕が絶望するより、ずっとずっと前から。 そんなに幼かったのに、彼女は頑張ったんだ。 なら、僕だって立ち止まるわけにはいかない。 そう、死んでしまった両親の分まで、生きなくてはいけないんだ。 「ね、だから、ダメよ?生きましょう? それに、ここで会ったのも何かの縁かもしれない。 だから、そうね、私のために生きるってのは?どう? 誰かのために生きるっていうのも、あるでしょ?」 彼女はそう言って無邪気に笑いかけてきた。 夕日のさしかかる中でのその光景は、とても綺麗で、幻想的で、 彼女をよりいっそう可愛く見せた。 胸が、知らず知らずのうちに大きな音を立てていた。 顔も、熱い。 「それも、いいかもしれないね」 冗談っぽく聞こえたかもしれないけど、本気だった。 彼女のために生きたいと、思った。 すると、彼女は少し顔を赤らめ、ありがとう、とだけ言った。 そう言いたいのは僕の方だよ、と口にはしない。 そして、しばらく沈黙した。 それからしばらく経ち、僕は肝心なことを忘れていたことに気付いて、それを口にした。 「あの…名前、なんて言うの?」 全く、こんなに話をしていたというのに、お互いの名前も知らないなんて、お笑いだ。 「あ、えと、大山。大山夏美。あなたは?」 「神崎、秀人」 「良い名前ね。よろしくね、神崎君」 そう言い、彼女は握手を求めてきたので、僕も返す。 大山さんの手は、暖かく、けれど儚くて、キチンと掴んでいなければ、 どこかに飛んでいってしまいそうな。 そんな手だった。 そして、二人ともしばらく手を離せないで数十秒。 風が、熱くなった頬を優しく撫でていった。 「…また、会いに来ても良いかな?」 しばらくして、僕は呟くように、ようやく言った。 彼女は、少しはにかんで、 「ええ。嬉しいな、会いに来てくれる人がいて。私は、いつでもここにいるから」 嬉しかった。とても。 そうして、僕はじゃあ、と手を振る。 彼女は、またね、と笑いかける。 人と永遠の別れをした後の出会い。 人生なんて、どうなるかわからないものだけれど、これだけは言える。 僕は、彼女に恋している。 # いつでも。 彼女はそう言った。 それは、裏を返せばここから出ることはないということ。 その時の僕は、舞い上がっていて、そんなことにも気が付かなかった。 そして、何より。 出会いは、また新たな別れを呼ぶ。 # 葬式は、しめやかに行われた。 両親の知り合いだったという人達が何人も集まり、 この度はお悔やみ申し上げます、とかなんとか言って、両親のために泣いてくれた。 ああ、死んだら誰かを悲しませてしまうのだな、とここでまた少し実感する。 不思議なことに、涙は出なかった。 もう、出尽くしてしまったからか、それとも彼女が教えてくれたことで、吹っ切れたのか。 とにかく、今の僕の頭にはこれしかなかった。 生きよう。誰かの分まで、誰かのために。 それが、両親への唯一のはなむけだろう。 寂しいけど、でも生きなくては。 両親は、いや、魂の器だったそれは、煙となって空に上っていった。 涙は、流れなかった。 そうして、僕は祖父達のところで暮らすこととなる。 二人は、両親がいなくなった僕を、温かく迎えてくれた。 とても、ありがたいことだった。 まるで、我が子のように、(まぁ、孫だから同じようなモノだけど) 大切に扱ってくれた。 心の安らぐ場所。 それは、僕の心に空いた隙間を少しでも埋めてくれた。 葬式の翌日、僕は学校へと向かった。 少し場所は変わったが、徒歩10分。 むしろ、前より近くなって楽である。 「よう」 後ろから、声をかけられる。 振り向くと、そこには神宮寺君がいた。 「おはよう」 僕は、まるで葬式の後とは思えないような、さわやかな挨拶をした。 それを見て、彼は一瞬戸惑ったが、ホッとしたように笑顔になり、 「元気、あるみたいだな」 「うん。そう、ずっとくよくよしてもいられないからね」 少し沈黙が生まれる。ややあって、 「…お前」 「何?」 「強いな」 「ああ、そう、かな?いや、そうでもないよ」 そう、そうではない。 僕一人だったら、どうなっていたか。 「なんだ、何かいいことでもあったのか?」 僕の様子が気になったのか、彼は興味津々に尋ねてきた。 「うん、実はね。その、両親が死んでしまった後、ホントどうでもよくなっちゃって。 死のうかとも思った。そんな時、ある人に会ったんだ」 「ある人?」 「そう、ある人。その人は、なんか病気で入院しているみたいなんだけど。 その人も昔、死のうと考えた事があったらしいんだ。 でも、ある人と出会って、その考えを改めたんだって。 なんかその人は、変な人らしかったらしいけど」 「へぇ…」 相づちを打つ彼は、何か神妙な顔をして聞いていた。 いつものことだ、と僕は続ける。 「そして、僕もその人に説得された。 生きていなくちゃ、終わりだからって。 それで、僕も、生きていなくちゃな、て思えたんだ。 ホント、感謝してる」 「なるほど…」 そう言い、彼はみるみる笑顔になって、突然予想していなかったことを言った。 「惚れたか?」 「え!?」 それも、ズバッと。 な、なんでいきなり? 不意をつかれ、パニック状態になった。 「え、いや、そんな、そーいうわけじゃ…」 「隠すな隠すな。わかるって」 しどろもどろになる僕を、神宮寺君は楽しそうに茶化す。 「んで?どーなのよ?」 「いや、その、どーって、そんな、僕は、別に…」 弁解している内に、顔が赤くなっていくのが、自分でもわかった。 耳まで熱い。 「いやー、わかりやすい性格でよろしい」 くくっ、と彼は意地悪く笑ってぽんぽんと僕の肩を叩いた。 どーも、僕は誰かの手玉に取られやすいらしい。 「もー」 それだけ、やっと反論する。 大した反撃でもないが。 そんな僕を見て、彼は穏やかな笑顔になり、 「ま、頑張れよ。よい行いをしていれば、きっと大丈夫だから。 神は、いつでもお前の行いを見ているぜ」 そう言って、お先、と走っていってしまった。 「え、神宮寺君?どーいうこと?」 彼は、本当に不可思議なことを言う。 どうしてそんなことばかりを? そう言えば、この前も聞こうとして忘れてたっけ。 「待ってよ!」 慌てて追いかけていく。 あれ?そういえば、何で彼は彼女のことを女だってわかったんだろう? そう考えた瞬間、僕らは校門に辿り着いた。 - ≫ !-この小説は小説検索エンジン"楽園"に登録されてます-! ∠long ∠index |