×キスの場所× -
古宵哉
様より頂きました


「キスに意味なんてあんのかなぁ?」
 
―――カラン
 
目の前に座る彼女から発された声と、溶けた氷がガラスのコップの中で崩れ心地の良い音をたてたのは、ほぼ同時だった。

「さぁ?少なくとも愛情表現なんじゃないか?」
 
とりあえず俺は無難な言葉を事も無げに彼女に返す。
 
付き合って2年目になる、目の前のこいつ――サチが俺の部屋に来るのもいつものことなら、
 
突発的に意味があるともないとも言えない質問を世間話代わりに投げかけるのもいつものことで、
 
また俺がその質問に対してあっさりとつまらない答えを返すのもいつものことだった。
 
自分で言うのも何だが、俺はよく周りの人間に『冷たい奴だ』と思われがちだし
 
それに足るだけの無愛想さというか素っ気なさも自覚していた。
 
たしかに付き合い初めてから今年で2年になるわけだが、俺のそう言う態度をもろともせず、未だ側にいるこいつのことを
 
少し変わっているなと思わないでもない。
 
第一、俺は気持ちとかを具体的に表すことが余りなくて、
 
だから世間一般のカップルよかずっとスキンシップとかが少ないと思うし
 
きっと付き合っているのなら言って欲しいであろう半分も『好きだ』とか『愛してる』とかが言えてない。
 
否、今の質問だって俺がそういう甘い言葉を言いやすいように仕掛けたモノかもしれないのだ。
 
「場所によってどうって人もいるけどな」
 
なんとなくわかってはいても、性分という奴でつい素っ気ない答えと、
 
それをはぐらかすため人より多少は多いと自負している知識を、今回もまたサチに披露する羽目になる。

「なにそれ?」
 
予想通り好奇心の強い彼女はローテーブルに軽く身を乗り出して俺の目を覗き込むようにして聞いてきた。
 
「ほら知らね?誰かが言ってた……
 
”手なら尊敬。額なら友情。頬なら厚意。 唇なら愛情。瞼なら憧れ。掌なら懇願。 腕と首は欲望。
 
それ以外は、狂気の沙汰。”ってやつ。たしかどっかの国の作家の格言」
 
俺は縁なしのメガネを軽く押し上げ、それに合わせて顔を上げると
 
サチの目をジッと見つめながら朗々と長ったらしいセリフを言った。
 
こういう時でないとサチとまともに見つめ合えないと言うのも、何とも情けない話だ。
 
「へぇそなんだ、さすが雑学王。」
 
俺のそんな心の内を知ってか知らずか、サチは軽く笑みを浮かべながら
 
壁にもたれかかる俺の横へと移動してきた。
 
「……まあな」
 
軽く触れる肩の感触が、実はかなり安らげる。
 
とはいってもやっぱりそんなこと俺は口に出して言わないし、
ヘタすると『ベタベタするの嫌いなのね』ぐらい思われてるかもしれない。
 
たしかに他の誰かに不要にまとわりつかれるのは苦手だが、サチは別だ。
 
でも実際こう近くにいたりするとどうして良いのかわからなくなるのも事実だった。
 
つーか外で手もまともに繋いでやれない彼氏ってどうなんだろう?
 
少なくとも俺からサチに差し出してやったことはない気がする。
 
全くしないって訳でもないけど、サチもそこまで手を繋ぐとかそいういうコトを強請ったりはしない。
 
気を遣わせたり我慢させたりしてるんだとしたらひどい話だ。
 
でも、そりゃあ大事にしてやりたいし、喜ばせてもやりたいと思うけど、
 
俺があまりそう言うのを上手くやるのにむいてないのは明らかだ。

「面白いねぇ…キスの場所に意味ありきかぁ……。」
 
表面的には涼しい顔装って色々考えてる俺の横で、サチは呑気に感心している。
 
呑気なのが悪いとかじゃなくて、サチそう言う心持ちのおかげでこうやって関係が続いているわけだから
 
サチのこういうノリは俺の安定剤でもある。
 
「キスの場所…場所ね……あーでもそういうのわかるかも」
 
と、不意にサチはそんなことを言った。
 
彼女の言葉にグルグルとしていた俺の頭の中が一時停止する。
 
「わかるかも…って…じゃあオマエがいつも俺のコメカミにすんのはどうなるんだよ。」
 
そう。
 
その発言で真っ先に思い浮かぶのはサチが唯一会う度にする、キス擬きのことだ。
 
一度も拒否したことがないからか(実際はその他の行為でも心底嫌だったことなどない)
 
俺の髪を軽くかき分け地肌に着くとも着かないとも言えないぐらいの強さで
 
サチは俺のこめかみにいつも唇をつける。
 
習慣化しているこの行為に彼女的解釈を与えるとなるとどうなるのか
 
今度は俺が聞きたくなった。
 
「んー…『殺したいほど愛してる』っていうあたし流の愛情表現、かな?」

サチはちらりと上目遣いで俺を見た後、過激とも言える表現をさらりと口にした。
 
俺は珍しく露骨とも言うべき愛の告白をしてのけた彼女を少し目を見開いた状態で見る。
 
表情の変化は少ないとはいえ明らかに驚いている俺を見、満足そうないたずらな笑顔を浮かべると
 
いつもと同じように俺のコメカミに口づけた。
 
「…どっちにしろ“狂気の沙汰”か……」
 
なんとなく減らずグチをたたいてしまった俺だったが

「恋愛なんて狂ったもん勝ちよ?」
 
サチは得意げに俺の言葉に応えてみせた。
 
 
 
うん、確かにお前には負けてると思うよ。
 
 
 
俺は珍しく自然な動作で彼女の頭の後ろに手を回し、
 
自分から顔を近づけ彼女の唇にキスをした。
 
いつも言えない分が、これで少しでも伝わればいいと思いながら。
 
Auf die Hande kust die Achtung,
Freundschaft auf die offne Stirn,
Auf die Wange Wohlgefallen,
Sel'ge Liebe auf den Mund;
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht,
In die hohle Hand Verlangen,
Arm und Nacken die Begierde,
Ubrall sonst die Raserei.

Franz Grillparzer "Kus"(1819)

 
"手なら尊敬。
額なら友情。
頬なら厚意。
唇なら愛情。
瞼なら憧れ。
掌なら懇願。
腕と首は欲望。
それ以外は、狂気の沙汰。

フランツ・グリルパルツァー 「接吻」 (1819)"












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