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螺旋の中の人々 - ぐるぐる回り続ける。
僕らは螺旋だ、どこまでもどこまでも回り、落ちる。 不器用に、それでも回り続ける。 冒頭に何かかっこいい台詞が入るといいんじゃないか、 何かいいフレーズいいフレーズ、 そうだ螺旋なんてどうだろう。 回る回る、回って落ちる。 いいな、悪くない。 そんな自己満足に浸りながら俺は序文を書いたが、 それ以上の言葉が思い浮かばずに筆を置いてしまう。 筆と言っても俺の筆はパソコンなのでこの表現はいささか正しいとは言えないし、 じゃあどう表現しようと思っても、 日本人の生み出した情緒溢れる表現を使わないのはもったいない、 ていうか筆ってかっこいいじゃん、 だから俺はパソコンで執筆するくせに そんなことを思って筆を置くとか言ってみたりする。 「まーた小説?」 窓からの訪問という非日常、 でもそれは俺にとっての日常であり、 つまり驚くべきことではない。 肝心なのは挨拶がないということ。 日本人なら礼儀作法しっかりやれよ、 親しき仲にも礼儀ありって言うだろ、 ていうか窓枠跨いでるからパンツ見えてるんですけど。 訪問者、礼美はしかしそんな俺の思考にはお構いなしに (まぁ他人の思考を覗けるやつなんかこの世にいやしないが) 窓を乗り越えて俺のすぐ傍にやってくる。 俗に言う幼馴染で、それなりに可愛いのだが、 いかんせん俺達の距離は近すぎてお互いを異性として見ていない。 物語にはありきたりな話、設定だが、 現実としてこのように存在しているものを ありきたりだなどと言ってしまうのは乱暴だというか何と言うか。 なんて思考をしていると、 礼美はいつの間にか俺のパソコンを横から覗き込んで 「ふんふん」などと言いながら勝手に作品を読んでいた。 「ば、何見てんだよ」 まだ序文も序文、むしろ中身も何も決まっていない話を 読まれるなんて恥以外の何者でもない。 俺は立ち上げていたソフトを閉じて作品を隠す。 「はっ、まだちょっとしか書いていないのに照れる必要なんかないでしょ」 礼美はそんな風に俺を鼻で笑うが、 別にいいだろう恥ずかしがるのは俺の勝手だ。 むしろお前がもっと恥じらいを持て。 「で、今回はどうするのこれ」 いきなり急所に刺さる言葉。 中身も何も決まっていないのだ、 どうするのと言われても答えに窮する。 かといって「何かかっこいいと思った文だけ書きました」 なんてそのまま答えるのは馬鹿だ、 自分が無能だと主張しているようなものだ。 「内緒だよ」 便利な言葉だ。 日本語にはこのように便利な言葉が いくつもあるから俺は日本語をたまらなく愛している。 ビバ、日本語。 「なーにが内緒よ、どーせ大した話じゃないくせに」 礼美の言葉はいちいちぐっさりと刺さる。 しかしそれでも俺はこいつを憎めない。 肉親同様に育ったせいもあるが、 何より俺の小説をなんだかんだ言って読んでくれる、貴重な読者だからだ。 そしてそれ故その一言一言が重い。 大した話じゃないと読者に言われてしまうことは、 書き手の人間にとってはとてつもないダメージとなる。 こいつはそれを分かっているのだろうか、 分かっていてやっているのだとしたら酷いものだが、 正直な感想をくれる人間はやはりありがたいのか。ああややこしい。 とにかく俺は何だか馬鹿にされたままなのが悔しくて、 ついついむきになって反論しようとする。 「大した話じゃないとは何だ、そんなことはない」 「へぇ、じゃあストーリー言ってご覧なさいよ」 「読ませる前にネタバレする馬鹿がいるか馬鹿」 「馬鹿とは何よ馬鹿とは、大体ね、 あらすじ読んで面白くない話はすべからく面白くないのよ、 ちょっとストーリー語ったからって 面白さが損なわれるようなのは最初から面白くないのよ」 「何がすべからくだ、すべからくとか使えば頭いいとか思ってんのか馬鹿」 「馬鹿って連呼してるヤツって自分の馬鹿さ加減を自己主張しているように思わない?」 「ああちくしょううるさいな、言えばいいんだろ言えば」 結局いつものように押し問答に負けた俺は、 過去作品の組み合わせによってどうにかこの場を乗り切ろうと考えていた。 「主人公は俺達と同じ高校生でさ」 「うん」 「俺と同じように小説書いてんだよ」 「それ前もやらなかった?」 「同じネタでもアプローチの方向を変えればいくらでも話は作れるもんだよ」 「そりゃそうだけど」 「んで、その小説の中のキャラもやっぱり小説を書いているわけ」 「ふーん?」 お、食いついてきた。 むしろ話していて俺も面白いんじゃないかこれは、と思い始めた。 出まかせでも何でもやってみるもんだ。 調子に乗った俺は更に続ける。 「んで主人公は書いていて思うんだ、 『あれ、実は僕も小説の中のキャラなんじゃないの?』って。 誰かが書いている小説の一キャラに過ぎないんじゃないかって」 「へぇー」 「もちろんそんな考えするヤツなんて狂ってる、 現実にそんなことありえるわけない、でも実際のところどうなんだ? 実はやっぱりそうなんじゃないのか? って悶々とし出す。 そこから自己の存在の意味やら何やらを言及していく、 若者にとって避けては通れない自分との対話を、 小説としてのキャラというフィルターを通して書いていくんだ」 「ふーん……悪くないんじゃない?」 その言葉は俺をいつも安心させる。 つまらないんじゃないのか、どうなんだろう、 そんな不安をあっさりと振り払ってくれる。 魔法の言葉。 これだから礼美は憎めないのだ。 なんだかんだ言いながらも、こいつは俺を認めてくれるのだから。 ほっと一安心しつつも平静を装い、 「だろ?」なんて俺は気取ってみせる。 実は即興で適当に言いました、なんて言えない。 繰り返すようだが、そんなのは無能の主張でしかない。 「でもさー、それ考えるとさ」 「うん、何だ?」 「いや、何か、私達も実は小説の中のキャラクターなんじゃないの? とか思ったりしない?」 俺は一瞬ぽかんとした後、盛大に噴出した。 礼美は何故笑われているのか分からない、というような顔をする。 何だ、何を言ってるんだこいつ。冗談きっついぞ。 ひとしきりげらげらと笑った後、 俺はぶすっとしている礼美に気付き、 弁解めいたものを口にする。 「お前、これはあくまでフィクションだぞ? 物語上の人物にだから考えさせられることで、 実際に考えるのは馬鹿げてることだ。 だからこそ物語の中で表現する。 馬鹿げてるものをテーマにするのは面白いからな。 だけど俺達は現実の人間だ。 どこにでもいるただの人間であって、 空想されたものなんかじゃあない。 大体、俺達がキャラクター? じゃあ俺達は主人公なわけか? そんなん自意識過剰もいいところだろ、 俺達はただの凡人で、取り上げても何の面白みもないじゃないか、 フィクションだって言うならもっと突飛な人間にするとか、 面白い事件の一つや二つ起こすに決まってる」 「それでも、あんたが書こうとしているのは、 小説の中で生きている人間でありながら、 自分がキャラクターじゃないのかって悩むんでしょ? でもその主人公が生きている世界ではやっぱり一凡人に過ぎない、 私達と同じじゃない。 私達がそうじゃないっていう保証は? どこにあるの? 証明できるの?」 証明をしろだなんて無茶なことを言う。 仮に俺達が小説の中のキャラだとして、 誰もそんなことに気付けやしない。 そんなのは執筆者しか知らないことで、 そいつがいたとして、 そいつと俺達は住む世界の次元が違う、って話になる。 どうやっても邂逅することなんてできやしない。 神に会え、と言われてるようなもんだ。 馬鹿馬鹿しい。 そんな妄想をするのは中学生くらいなものかと思っていたが (誰だって自分が主人公なんじゃないかという錯覚くらい覚えるものだ)、 貴重な存在が残っていたらしい。天然記念物ものだ。 俺が呆れてため息をつくと、礼美がいよいよ本格的にむっとし始めた。 しまった、やばい。 怒った時のこいつは何をしでかすか分からない。 「じゃあ私が証明するし」 「は?」 礼美が入ってきたところ、即ち俺の部屋の窓、 に礼美は素早く移動し、足をかける。 視線は礼美の部屋にではなく、真っ直ぐ下へと向いていた。 ちなみに俺の部屋は二階だ。 落ちても死なないとは言え、それなりにケガはするだろう。 って、おい、いやまさか。 「ここで私が落ちたら、何かしら面白いことになるよね? それも頭から落ちたらこの高さでも酷いことになるかも。 狙えば死ねるかな」 「ちょ、ちょちょちょ、お前何言ってんの」 「だからー、こっから落ちるでしょ、頭から。 でも私がキャラクターで主要人物であるなら、 そんなつまらないことで作者は私を殺さないじゃない」 何ムチャクチャ言ってんだまじでこいつ気が狂ってんじゃないのか。 どうしちまったんだ。アホか。 いやいつだってこいつはアホなんだけど、 でもだからってこれは行きすぎだろ。 「お前、それは違うだろ、 何の証明にもならねーよ全然証明でも何でもねーよ、 大体そこで落ちてお前が死ぬ展開をその、何だ、 俺達を書いてるヤツが望んでたとしたら、 お前死ぬじゃん普通に。 全然証明にならねーよまじやめろって」 俺は必死になって止めるが、礼美は聞く耳を持たない。 あぁもう、どうしてこう意味わかんないところで頑固なんだ、 まじでこいつの思考回路だけはフィクションかもしれない、 なんて思うが、だったら俺もフィクションじゃん、 何だそれすっげー馬鹿。超自意識過剰。 「あーいきゃーんふらーい!」 何かどっかで聞いたフレーズを礼美が口にしたかと思ったら、 こいつ本当に飛んで、 「っざけんなよ馬鹿!」 すかさず俺、礼美の右手をふん捕まえ、 強引に部屋の中へと押し戻す。 「きゃっ」とか何か可愛らしい声をあげて 礼美はバランス崩して俺に倒れ掛かる形に、 もちろん俺もバランスなんか取れるわけなく 「ふぎゃ!」とか猫の鳴き声みたいな声をあげて礼美に潰される。 こいつまじで飛ぼうとしたよ冗談でも洒落でもなく。 その事実に今更冷や汗がどっとわいてきて、 俺の心臓オーバーヒート。フルスロットル。 呼吸が荒くて荒くて、何かどきどきして、 何か礼美が近くにいてやっぱり呼吸荒くて、 ああ何、これが吊り橋効果とか言うやつ? 礼美なんか笑ってるし。 いや洒落になってねーってほんと何でこいつ笑ってんだよ信じられねぇ。 「ほら」 「は?」 「死ななかったでしょ?」 してやったり、みたいな顔で微笑む礼美は 何か可愛くて憎らしくて、可愛かった。 可愛さ余って憎さ百倍ってのはこういうことか? ていうか何でしてやったりとかそんな顔してんだよ、 俺が助けなきゃただの飛び降り自殺になってただけで、 そんな小説くそ面白くねー、まじ面白くねぇ。 そんなフィクション書くやつなんかクソだ。 礼美死なせて喜ぶような作者なんか死んだ方がいい。 何か全部がアホらしくなって、俺は礼美のでこにチョップを入れた。 「いたっ」とか言うがそんなに強く叩いちゃいない。 「痛いってことは生きてるってことだ、おめでとう馬鹿」 俺がそう言うと、礼美は 「はいはいどうせ私は馬鹿ですよ」とか拗ねてみせて、 何かそれがすげぇ可愛かったから俺は思わずキスをした。 礼美は一瞬呆気に取られた顔になったが、 「ばーか」と言うと今度は礼美の方からキスをしてきた。 あぁまじ死ななくてよかった、 こいつに死なれたら俺今こんなに幸せになんかなれてないもん。 何かそれからまた俺はやたら恥ずかしくなって、 礼美を抱いたままぐるぐると転がった。 ぐるぐるぐるぐる、 渦を巻くネジのように視界がぐるぐるになるまで転がる。 螺旋だ螺旋、しょっぼい螺旋。 礼美と二人、げらげらと笑いながら転がる。 あぁ何だこの陳腐なオチは。 最後はキスで片付ける? こんなクソな終わりの話があってたまるか。 だから、ゆえに、 俺達はフィクションなんかじゃあないんだ。 - 了 あとがき - 久しぶりにサークル関係なしに書きました。 しかしサークルの先輩の影響モロ受け。 内容も似ちゃってるしオイオイパクリかよ、 みたいな感じ。 それでも自分が書きたかったことが書けて満足だったりします。 かなり好きな作品になりましたとさ。 07/08/26 ∠short ∠index |