遠い声 -


声がする。懐かしい彼女の声。

まるで甘える猫のような、囀る鳥のような、澄んだ柔らかい声。

起きて、起きてと楽しそうに僕の体を揺する。

その声をずっと聞いていたくて、

何だか駄々を捏ねる子供のような気持ちになって、

僕はあと五分と言い続ける。

何言ってるの、置いていくよ。

君にそう言われて、それでも僕はまだ駄々をこねる。

待っていて、置いていかないで。

もう起きるから。

そんなやり取りがこれからもずっと続くのだと、

僕は信じて疑っていなかった。

懐かしい君の声。

もう夢の中でしか聞くことができない。

一人で起きる朝が何度目になろうと、

いつも隣に君を探してしまう。

「おはよう」をもう君に伝えられないことを、

まだ信じられないまま。



目が覚めた後もしばらくぼうっとしていた。

外を見ると窓を雨粒が叩いている。

陰鬱な気分になりながら布団から抜け出て、身支度を整える。

朝食にはご飯と納豆、それと味噌汁。

音の消えたキッチンで、黙々と口に物を詰め込む。

手早く済ませて、傘を片手に外へ出た。

バスに乗って、僕は病院へ向かう。

受付を済ませ、いつもの病室へ足を向ける。

沢山の管を体に巻きつけた彼女は、

今日も安らかに眠っていた。

今日も明日も、明後日も。ずっとずっと眠り続ける。


おはよう、今日も来たよ。

僕は声をかける。

朝から雨が降っていて嫌になっちゃうよ、

洗濯物が溜まっちゃうな。

そうそう、昨日ようやくカレーを食べ切ったんだ。

痛んでしまう前でよかった。

朝は味噌汁を作ったんだけど、少し味が濃くなってしまって。

味噌汁は傷みやすいって言うし、

一人でちゃんと食べ切れるかな。

どうでもいいことばかりを、僕は呟き続けた。

あぁまったく、君がいないから家事が大変だ。

朝起きるのも辛いよ。

それでも最近は随分ちゃんと起きられるようになったんだ。

目覚ましが鳴る前に起きる時だってあるんだよ。

一人でも案外どうにかなるもんだね。少しは見直した?

それでも、朝挨拶ができないのは、ちょっと寂しいな。

寂しいよ。

ねぇ、また僕を起こしてよ。

優しい声を聞かせてよ。

またおはようって、言っておくれよ。

もう我侭言わずに起きられるから。

君の声が聞こえたら、すぐにでも飛び起きるから。

だから起こしにきてよ。

彼女は答えない。

今日も明日も、明後日も。

その先もずっとずっと、答えることはない。

無機質な電子音だけが、

彼女の存在を機械的に示し続けるだけの日々。



さようなら。

別れの言葉さえ、僕はずっと聞けないまま、布団の中。

一人、彼女の声を待つ。

今日も明日も、明後日も。



                   - 了


あとがき -

はい、またサークル内作品。
今回のテーマは、「挨拶」。
新入生歓迎用のテーマでしたが…
まぁ見事に暗い話を書きました。
ていうかね。
直前まで思いつかなくてね。
何となく、「あぁ、あの曲を使おう」と、
ぱっと思いついた曲をイメージしてそのまま書きましたとさ。
RADWIMPSで「05410-(ん)」
起こして、と読みます。
や、勿論そのままではないですけどね。
書きやすいように内容は変えてあったり。
いい歌なので是非聴いて欲しいなーとか。
…どこの回し者だ。

07/04/30


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