笑う死神 -


無音で明かりのない部屋。
その中に、1つだけ浮かぶ赤い光。
俺の口元にある、吸いかけのタバコだけが、この部屋にある唯一の色。
このタバコを吸い終ったら、死のう。
そう考えて、俺は一体何箱を空にしてきたことか。
だが今日は違う。今日は、今日こそは。
このくだらない世界とオサラバする。
その為にコンビニでカッターをわざわざ買ってきたのだし。441円(税込)で。
前回は睡眠薬を試みようと思ったのだが、
話によると胃袋いっぱいになるまで飲まないといけないらしく、
そんなに頑張って死にたくないなーなんて思ってやめた。
…結構ヘタレだ、考えると。
しかしカッターも考えると痛そうだ。
かといって、首吊りはゴメンだ。苦しそうだし、死に様も醜い。
同じ理由で溺死も却下。
飛び降りは後片付けする人が大変だし、誰かを巻き込んだら最悪だ。
どうせなら1人で、誰にもあまり迷惑かけず。
ってーと、やっぱりコレが一番…のような気がする。
そうこうしてる内に最後のタバコを吸い終わった。
あぁ、これでコイツともお別れか。
って、しまった。もっといろいろ考えるんだった。
…まぁ、いいか…
諦めの気持ちで、ため息をつく。
真新しいカッターを手に取り、左手首に刃を当てる。
躊躇せずに、一息に、と力を入れた、その時。

「自殺なんてやめたほーがいーよー」

実に能天気な声が、どこからか聞こえてきた。
…って、この部屋俺しかいないよな?
あぁ、とうとう幻聴まで聞こえてきたかー、まぁそれもアリだよなーとか考えてたら、

「いやいや、幻聴じゃないよ。キミの後ろにいるじゃない」

能天気な声は確かに俺のすぐ後ろから聞こえていた。
慌てて振り返ると、そこには影が立っていた。
イヤ、違う。
暗闇の中にいて、それよりも深い黒の服に全身を包み、
それでいて肌は対照的に雪のように真っ白な男が、そこにいた。
…男?だよな、喋り方からして。顔と声が中性的なので、判別がつかないが。
つーか、どうやってこの部屋に?

「うーん、それは企業秘密ってヤツかにゃー」

「かにゃー、ってにあわな…じゃなくて、何、俺の考え読んでるの!?」

「いやー、何となーく考えてること予想して先回りしてるだけだよ?多分」

「多分って何だよ…つーか誰だよあんた!?ここ俺んちだぞ!?勝手に入ってくるなよ!」

その言葉に彼は、待ってました、と言わんばかりに姿勢を正した。
さながら女性をダンスに誘うかのような優雅な動きで手を差し伸べてきて、

「失礼、申し遅れました。僕、死神です。キミの担当任されました、よろしくー」

爽やか笑顔とともにさらっと電波発言。
…変態もここまで来るとどう対応したものだか。
とりあえず性別だけは男だと一人称から判断する。

「失礼な。変態じゃないよ?何なら精神鑑定受けてもヨシ」

「そうかい…変態は皆そう言うんだよ、全くどこから入ってきたんだか…」

「ちゃんとドアから。あ、でもカギはかかってたからすり抜けて」

「…じゃあ幽霊か、そうなのか」

「あー、僕ってば幽霊じゃないのだよー?ほら、ちゃんと足だってあるし、実体もある」

「足あるのか…って、あぁ、それじゃ幻覚…」

「いやだから触れるし、ほら」

ふにふにと頬を突付かれる。確かに。

「…それで、つまり変態で幽霊で幻覚でそれでいて死神なのか?」

「すごーい失礼なこと言われたような。まぁいいか、とりあえず死神なワケ」

「ふーん…警察呼んでもいい?」

「いいけど、彼らに僕は見えないよ?」

「…じゃあやっぱり幽霊か幻覚じゃ」

「だから触れるし足もあるし」

「最近の幻覚はもしかしたらリアル志向なのかも…」

「自分の感覚がそこまで信じられないのもどうかと」

「じゃあ夢」

「ほっぺたツネってあげるよ」

「おぉ、サンキュー…あでででで」

「ほら、痛いでしょ?」

結構強くつねられた頬を撫でつつ、
うーむ、と、そこでようやく冷静になって考え始める。
カギは確かにかけてあった。誰にも邪魔をされないようにと、
自分でしっかりかけたのだから間違いない。
そのドアを無理矢理開けて入ってこようものなら、気付かないはずがない。
それに、この部屋には隠れられるような場所もない。
よって、この男は最初からこの部屋にはいなかった。はずだ。
じゃあ、ホントに?
死神?
んなアホな。
死神つったら、こうすげー不気味で、
鎌とか持ってて、それでいてガイコツ面してんだ。
そうに決まってる。

「イヤそれかなり偏ってるような」

「お前が死神っぽくなさ過ぎるんだよ。鎌はないのか、鎌」

「あんなんかさばるだけだしー。いらないでしょう?」

「そんなん言ったらミもフタも…じゃあアレ、ノート。
名前書いただけで人殺せるヤツ」

俺の言葉に、何言ってるのさーと呆れたため息をつく自称死神。
何となくだが、コイツに呆れられると苛立たしい。

「そりゃマンガの話っしょー?あったら便利だろーけどさー。
つってもそもそも僕ら寿命とかないから必要ないけどさ。
殺せばその人の寿命もらえるって、メルヘンだよねー」

「メルヘン、ってお前が言うのか…」

それもそうだねーと、その自称死神は能天気に笑った。
何なんだホントコイツは。
死神?もっと毒々しくてくらーい生き物じゃないのかアレは。
いや生き物なのかどうかも知らないけれど。

「うーん、分類は非常に曖昧だよねー。精神生命体って感じかな?
まぁ僕としては、そんなのどうだっていいと思うよ?
存在してるんだから、それでいいじゃない?」

…どうにも能天気すぎる。アホと言っても過言ではないだろう。

「いやそれ言いすぎ」

「そーでもない…つーかやっぱりアンタ俺の思考読めるのな」

いくら何でも、先読みでそこまで的確な相槌が打てるものか。
あまりに自然だったので結構流してしまっていたが。

「うん、実は。何かそんな能力があるみたい。仕事柄必要な時もあるのかもだけど、
あんまり好きじゃないんだよねーコレ。盗聴みたいだし」

「じゃあ使うなよ、こっちだって気持ち悪い」

「うーん、できればそうしたいんだけどねー。どうにも制御できなくて。
まぁ気にしないで、キミの核たる部分、まぁ要するに、
心の奥底にあるとこには触れられないようできてるから。
プライバシー保護ってヤツだねー」

「そうかい…っつーか、そんなことは正直この際どうでもいいんだ」

「どうでもいい、って酷いなぁ」

「いいんだって…それよか、死神?が、何で俺のとこに?」

そうだ。何かよくわからん状況だが、とりあえず受け入れることにしよう。
この能天気アホとの会話に付き合っていたら、いつまでも話が進まない。
もっと大事なことに目を向けるべきなのだ。

「それはほら、キミが自殺したがってる人だからだよ」

いともアッサリと理由を告げる。
が、それなら、何となく理解できる。
理解できる、が。

「…死神ってのは、魂を奪うもんだよな」

「そだね」

「じゃあ自殺するヤツのすぐ傍にいれば、魂は簡単に持ってけるワケだ」

「うん」

「じゃあ、何でお前は俺の自殺を止めた?」

そうだ。
コイツは最初、自殺はやめろとかそんなことを言った。
死神なら、とっとと殺して魂持ってくだろうに。
その行程が省けるというのに何故わざわざ止める?

「いやそれがですねにーさん、ちょいとあの世の事情がねー」

世間話するかのようにあの世の話。今更ながら、何とも奇妙な。
しかし彼は気にする風もなく(当然か)、話を続ける。

「ほら、最近自殺者が膨れ上がっちゃってさー。
ただでさえ戦争やら何やらで死ぬ人は出るのに、自ら命を落とす人までいてさー。
知ってる?この国だけで年間3万4千とちょいの人が自殺してんだよー。
しかもそれが年毎に上がってってるのさ。
もーそんなに魂いらないっての。仕事増えるっつの。
死神だって結構な数いるけどね、あの世がパンクしちゃうわけ。
だから少しでも労力減らそうと思って、死のうとする人を止めることになったんだねー」

「…死神の世界も、随分大変なんだなぁ」

「そーなんだよーもー。安月給だしさー」

ちゃんと給料が出る仕事だったのか死神は。

「うん、おまけに永久就職。食いぶちに困らなくて済むよ」

「…腹は減らないんじゃないのか」

「そーなんだけど。食はやっぱり楽しみたいものじゃないさー?」

…やっぱり、どこまでも能天気なヤツだ。
他の死神も、もしかしてこんなヤツばっかりなのだろうか。

「いやーそうでもー。僕だけだよーこんなのはー。
よく人から言われるし、間違いないね」

「それは胸を張って答えることじゃねーぞ」

「え?そう?個性は大事に、って言うじゃない?」

…ダメだ、何かコイツのペースに付き合ってると話がいつまでも終わらない。
そう考え、俺は強引に話を戻すことにする。

「…あー、っつーか、生きてるヤツの面倒見る方が面倒じゃないのか?
1人1人自殺すんの止めるのだって結構な労力だろう?」

「んやーそうでも。魂をあの世まで運んで、整理番号順に並ばせて、
その人の書類作って、手続きいろいろやって、転生炉に突っ込んで、
あ、転生炉ってのは人の魂をざーっと綺麗にしてくれる機械なんだけどね、
これあると便利なんだよね。昔は全部手洗いでねー。きつかったよー」

「…そうか。それで?」

「うん、そいでもって転生した魂をもいっちょ現世に送り返すんだけど、
自殺止めればそういう雑務なくなるし、面倒じゃないねー」

「んな仕事やってんのか…」

やけに具体的過ぎる内容なのに、どこか現実感に欠ける。
多分、コイツの話し方が軽すぎるせいだ。
とりあえず、面倒そうだということは分かった。

「そーなのさ。ってわけで自殺はやめなさい。僕の手間を減らす為に」

…そんな理由で自殺するのをやめられるかっての。
だいぶやる気は削がれたが。

「やる気なくなったならいーじゃない?ほらやめときなー?
生きてる方がたのしーって、絶対」

「…楽しくなんか、ねーよ」

そうだ、楽しくなんかない。
ひたすら規律によって縛られた世界。
その中で、皆が皆隣の誰かを真似ようとする。
そうすることで、自分だけが取り残されないように。
身の保身。それでいて、自分だけは特別だと思っているヤツらばかり。
そんなヤツらと、それでも付き合っていかないといけない、息苦しさ。
どうでもいいことばかりしかなくて、
やりたいことが見つからない。
やりたくないことばかり、やらないといけなくて。
こんな世界の、何が楽しいと言うのだ?
俺には、世界が灰色にしか見えない。

「ふーん、そんなもんかねー」

俺の思考を読んだ死神が、ぼんやりと呟く。
そうだ、そんなもんだ。
改めて、思う。
生き甲斐なんてものは見つからない、気力が湧かない。
人間関係すら上手くいかない。
世の中の連中は皆俺を蔑んだ目で見る。
どうしようもないおちこぼれだと。
そんな目でしか見ようとしない。
どう生きたらいいのかわからないのに、そんな風にまで見られる。
疲れるだけだ。
そんな世界で、生きていたくない。
どうせ、死神なんぞにはわからない苦しみだろうが。
文字通り、生きている世界が違うのだから。

「若いのにまぁ、絶望してるっつーか無気力っつーか」

「…俺の目からみりゃ、アンタも十分若いがな」

「あはは、精一杯若作りしてるからねー。でも一応今年で…いくつだっけかな」

「…知るか」

疲れるヤツだ。能天気に笑ってばかりいる。
何がそんなに楽しいというのか。
口に出す前に、彼が答えた。

「楽しいよ?うん、楽しいと思う」

「そいつはめでてーな…」

「あはは、よく言われる。でもねー、思うんだよね。考え方次第でしょ、って」

「何が」

うんとね、と1つ間を置いてから、彼は続ける。

「僕から見ると、この世界はとても素晴らしいものに思えるよ。
そりゃー確かに?つまんない諍いとか、汚いエゴとか、理不尽なものだって、
いくつもいくつも見てきた。キミがこの世界を灰色だって言うのも、一理あると思う」

今までの能天気な笑顔ではない、穏やかな笑みを口に浮かべて、コイツは言った。
それは、どこか冷たいものすら感じる、不敵な笑み。
達観した者だけが浮かべるような、そんな。

「けど、綺麗なものだっていくつもあった。
まだまだ捨てたものじゃないな、って思えることがいくつも。
たとえ世界に汚いものがいっぱいでも、
んーん、世界に汚いものがいっぱいだからこそ、
輝いて見えるものが、確かにあるんだよ、この世界には。
キミはただ、見方が不器用なだけなんだ。
どうとでも世界は変わるんだよ。前を向けば、いくらでも」

「…そうとは、思えないけどな」

前を向け、希望はきっとある。
うんざりする言葉。
両親も言っていた。昔のクラスメートもそんなことを言っていた。
俺には、希望があるだなんて思えない。
見方を変えたって、汚いものは確かに存在しているし、
息苦しいことには変わりはない。
目を背けることなどできやしない。

「んー、嫌なことばっかり味わってたら、確かにそう感じるんだろうねー。
けど、生きていれば、そればっかりじゃないはずだよ?
楽しいことだって、きっとあったはずだ」

あっただろうか、楽しいこと。
思い出せない。思い出すのは、ただただ苦い記憶。
どこにいても常に感じる気だるさ、重圧感。
そして繋がる。
生きている意味なんて、どこにある?という思考に。

「やれやれ、これは結構な重症だねー」

ふぅとため息をついてみせる。ご苦労なことだ。

「アンタに何か言われただけで世界がバラ色になるくらいなら、
俺は自殺なんて考えやしない」

「それもそだねー」

まいったなーと、全然参ってない様に彼は笑った。
先程までのあの達観したような笑みではない、元通りの能天気な笑い。

「けどねー、経験者は語るってヤツでね?」

そう言うと、彼はおもむろに自分の手首をめくって見せた。
そこには、無数のミミズ腫れのような痕が、あった。
真っ白い肌の中に、生々しく浮かぶ、赤。
…知っている、コレは。
俺が正に行おうとしていたものの、その先にできる、痕だ。
その中に1つ、いまだに傷が塞がっていない、じゅくじゅくとした赤があった。
深々と奥まで肉が抉られ、けれど血は流れていない。
それでいて、まるで今できたばかりのような生々しさ。
傷口が、そのまま保存されている。そんな痕だった。
無意識に唾を飲み込み、覗き込んでしまう。
そんな俺を見つめながら、彼はやはり能天気に語る。

「僕もねー、実はそっちのクチだったワケ。
つーか、それで死んじゃったんだけどねー。
この治らないでいる傷が、その時のヤツ。
どうにも、死んだ時のまま保存されるみたいなんだよね、自殺した場合って。
精神体だからかな、心の傷とかそんなのがそのまま肉体に浮かび上がるーみたいな。
何で死んだのか、どうして死のうと思ったのかは思い出せないんだけどね」

普通、そのくらいは覚えてるものだと思うが。
コイツの性格なら忘れても仕方ないかもしれないが、
同時に、どうしてこの性格で死のうとしたのかが疑問に浮かんだ。
覚えていないのだから、わからないままだが。

「それでね、死んで、死神にそのままなっちゃったみたいでね。
それから流されるままいろんな仕事してて、世界を見てね、思ったんだよねー」

一呼吸置いて、彼は言う。

「あー、どうして死んじゃったんだろ、って。
生きてたら、結構楽しかったかも知れないのに、って。
死んじゃったら、もうできないことばっかりだ、って。
つまらないことですら、もうできないんだなーって。
でも、だからね、今の仕事は結構好き。
死神のクセに、人を助けるなんて変だけどさ、
僕の分まで他の誰かに、生きてる時にしか味わえない楽しさを知ってもらえるだろうから。
上手く説得できれば、だけど」

こーいうの生き甲斐っていうのかな?と、アホなことをそいつは言った。
もう死んでるくせに。
そう、死んでるからこそ。
生きていた時の喜びを、知ることができたのだろう。
風邪を引かないと、健康がいかに素晴らしいかわからないように。
そう気付くと、彼の笑顔が、急に寂しいもののように思えてきた。
もうこいつは、戻れないのだ。
戻れない悲しみを、寂しさを知っているから、こいつは笑うのだ。
そんなことはやめた方がいいよ、と。
けれど。

「…でも、俺は、やっぱり上手く生きていく自信がない。
先も見えない。どうしたいいのか、わからないんだ。
何をしたいのか、わからないんだ」

行き先も目印もない。何をどうすればいいのか、誰も答えてくれない。
そんなことは誰も教えてくれない。自分でどうにかするしかない。
皆はそう言う。
けれど。
どうにかできないのだ。
誰かと同じように生きることすら。俺には困難で。

「じゃあとりあえず、歩けばいいんじゃないかなー?」

能天気な死神は、能天気な声で、やはり能天気な答えを差し出した。

「歩いて、世界を見たらいい。
誰かと同じように生きられないなら、
同じように生きなくていいんだよ。
キミはキミのペースで、歩いていけばいいんだ。
真っ暗闇でも、地面はあるんだよ。
何かが見つかるまで、歩けばいいんだ。
歩いても歩いても何も見つからなかったら、その時にこそ死ねばいい」

…もう、十分歩いてきた気がする。
やっぱり何もなかったように思う。
けれど、こいつは歩けと言う。
まだ探せと。
この息苦しい世界で、それでも何かを探せと。
それがどれだけ困難か、きっとコイツならわかるだろうに。
それなのに、どうにかなるよと、笑って言う。
それだけで、どうにかなってしまうのかもしれない、と思ってしまう。
そう、それはきっと。
単純で明快な答えを、提示してもらったから。
わかりやすい指標を、目の前に刺してもらったから。
誰も差し伸べてくれなかった手を、差し出してくれたから。
だから。とりあえず、それを目指そうと思える。

「おや、自殺は考え直してもらえたのかな?」

「…とりあえず、な。めんどくせーことばっかりだけど、
死んだらそのめんどくせーことも味わえないんだろうと思って」

「あはは、そーなんだよねー。意外と面倒なコトも楽しかったりするんだよね。
ほら、祭りは準備の方が楽しいじゃない?」

「それとこれとは別の気が…」

「まーいいじゃない?そーゆーことで、さ」

あはは、と、やっぱり能天気に自称死神は笑った。
死神に生きろ、なんて言われるなんて、世も末だ。
けれど、そんな世もいいのかもしれない。
ただでさえ息苦しいのだ、こんな世界でもいいんだろう。
出鱈目で、無茶苦茶で。
そのくらいの方が、俺はきっと生きやすい。
疲れて歩けないこの自分を。
誰でもいいから、手を差し伸べて。
大丈夫だと、言ってくれる世界の方が。

「さてはて、それじゃ僕はコレでオサラバするよー」

「何だ、もう行っちまうのか?」

その言葉に、自分で驚く。
さっきまでは五月蝿いとすら思っていたのに。

「んー、しばらくは姿隠してキミの行動を一応見とく、って、
しまったコレは言っちゃいけなかったんだ」

「…ダメ死神め」

「あはは、まぁいいや。内緒ねー」

…誰にだ。
そんな俺の心のツッコミを聞いていたのかいないのか、
死神は能天気に笑うと、音もなく消え失せた。
律儀に、扉に吸い込まれるようにして。

「…ホントに扉から入ってきたんだなぁ」

あっという間に静かになってしまった。
少し、寂しさを覚える静けさだった。
さっきまでは、静寂が当たり前だったのに。
そういえば。
寂しさを感じたのは、久しぶりだ。
ずっと、忘れていたのだろう。
いらないものだと思っていたから。
ふと、足元に落ちていたカッターに目を落とした。
…勿体無いことしたなぁ、441円。
まぁ、この先使えばいい。
本来の用途として、これから使っていけばいい。
先のことを考える。難しいことだと思っていたが、
実はそんなに難しいことでもないのかもしれない。
こうやって、一つ一つ考えていけばいいのだから。
とりあえず、そうやって生きていこう。
またダメになりそうになったら、きっとアイツが来てくれるだろう。
他人(人と分類していいのかわからないけど)に期待している自分が、少し可笑しかった。
何となく、笑う。
笑うということは、楽しい時に出るものだと、改めて思った。




「…なーんて思ってたのが昨日で」

俺は目の前の光景に目を向ける。

「まさかこうなるとはなぁ」

「あはは、ほんとーだねー」

能天気な笑い声がすぐ隣から聞こえてくる。
もちろんそこにはあの自称死神が。

「言い忘れてたけど、死神がついてる人ってふつーより死にやすくなっちゃうんだよねー」

「…お前なぁ」

目の前には、俺がいる。
何かいろんなところから血が噴出して、体があらぬ方向に曲がっていて、
こりゃ間違いなく助からないだろうな、という状態の俺の体がある。
すぐ傍には玉突き状態の乗用車数台。
こんな光景、テレビでしか見たことないのに。
まさか実際に見るだけでなく、体験することになるとは。

「ていうか、助からないから今ここにいるんだろうけどな…うわ、体透けて見えるし」

手の平を空にかざして見て、空の色が手を透かして見えることに驚く。
なるほど、これが幽霊というヤツなのか。

「うん、その通りだねー。もう手遅れだねー」

「お前、そんな能天気に…せっかく生きようとしてた矢先に…」

はあ、とため息をつく。
どうやら俺は死んでしまったらしい。
死のうと思った時に死ななくて、
生きようと思ったら死んでしまった。
ホント、どうしようもないな、俺。

「…お前ホントは死神じゃなくて疫病神だろう」

「あー、よく言われる。でもこればっかりはねー、死神の性質だからねぇ」

…わかってるならもう少し対処策があってもいいものじゃないのか。
まぁ、もう過ぎてしまったことを言っても仕方がない、か。

「あー…じゃあ俺はお前の本来の仕事として、魂を運ばれるのか」

「うーん、それなんだけどねー」

「何だよ」

少し言い淀んだ後、彼が口を開く。

「いやぁ、今さー、人手足りてないのよね、死神って。
人口増加に追いつけてないっつーの?
だから、どうせだからキミ、このまま死神になっちゃわない?
案外面白いかもよー。第二の人生!みたいな」

あっけらかんと、そいつはそんなことを言った。
…そんな簡単になれていいのか、死神。
あの世の仕組を疑ったが、しかし考えてみるとそれはそれで楽しそうだ。
何より、元自殺志願者のコイツが、生き甲斐を感じている仕事だ。
俺にも、向いているかもしれない。
せっかく生きようと決めたのだから、形はどうあれ、頑張ってみるのもいいかもしれない。

「そうだなぁ…そうしてみるかー」

「お、いいねぇその心意気。向いてると思うよー」

あははと、能天気に笑うので、俺もつられて笑ってしまった。
ほんの短い間一緒にいただけなのに伝染してしまうなんて、恐ろしい伝染力。
けど、笑うってのは、やっぱり楽しい。
死んでしまった後でもそう思うのだから、楽しいのだろう。
どうにかなる。なるようになる。
つまりは、そーいうことだ。
能天気に生きればいい。
死んでからそう思うのもどうかと思うけど、それでいいのだろう。

「あーあ、ホント、どうして死んでから気付くんだかなー」

「ねー」

顔を見合わせて、ため息。そして、笑う。
元凶を目の前にして、怒る気力もない。
何だか、非常に愉快な気分だった。
笑わなきゃやってらんない、というのとは違った。
それは、投げ遣りな気持ちなんかじゃなくて。
非常に前向きな。そう、俺にはまるで似合わない、感情。
けれど、似合わなければこれから馴染んでいけばいいのだ。
自分だった抜け殻を前にして、俺は笑い、生きていくことを決めた。








                    - 了


あとがき -

どうもこんばんはまたはこんにちは。
何か思いつくままに書いてみたお話でございー。
そしたら別サイト様のとあるフラッシュと見事にネタが被ってて…。
あちゃーと思ったけど、まぁ死神ネタなんてよくあるよくある!ってコトで。ヨシ(いいのか



05/03/12


∠short  ∠index