僕の日常 #3 -


正月、正に冬休み真っ只中。

僕はコタツに肩までずっぽりと入り、冬の幸せを噛み締めていた。


「あー、しあわせー…」


このままウトウトと夢の中へ誘われたらどれだけ幸せだろうか。

全く、何もしないでダラダラとできるなんて、何て素敵なことだろうか。


「おにーちゃん、じじくさーい」


と、そこに我が家の元気印である妹の言葉が矢の如く飛んできて突き刺さった。

はぐぅ、中学生である僕にじじくさいとは、何たる言いザマ。

がしかし、ソレを否定するだけの気力は僕には残っていなかった。

抵抗する力など、コタツの魅力の前では湧いて来るはずもない。

嗚呼、正に平和の使者。

もしもコタツが世界中に普及したならば、その魅力の前に誰しも銃を放り投げるに違いない。

戦争反対。争いなど醜いのだ。

平和主義者の僕はしかし、同時に事なかれ主義者でもある。

よって、今現在まで後ろで繰り広げられていた戦いには目を瞑る。


「あーあ、またおとーさんが負けちゃったー」


ソファーにもたれかかり、父の亡骸(違)を見つめる妹。

体を起こし、そちらの方に目を向けると、父は、

母の伝家の宝刀・皿ナイフが何枚か突き刺さった状態で、うつ伏せに倒れていた。

よく死なないものだ、その生命力には尊敬を通り越して畏敬の念すら抱く。


「正月から慌しいったらないよね、この家も…」


いい加減見慣れてしまったその光景に、僕が驚くことなんてない。

日常の風景。ちょっと物々しいが、夫婦喧嘩なんてきっとどこもこんなもんだろう。

ウチは、ほんの少しだけ常軌を逸しているだけなのだと思う。多分。


「そういえば、今回の勝負の理由は何だったの?」


欠伸を噛み殺しつつ、ずっと観戦していた妹に問うと、


「ストーブの石油を入れるのはどっちがやるか、って話だったみたい」


…よくもまぁそれだけの理由でこんな惨劇の跡を残せるものだ。

まぁ、外に出るのは確かに厳しいが、あの2人ならそれほど苦にもならないだろうに。


「そういう問題じゃないよーおにーちゃん。きっと”ぷらいど”の問題なのよー」


「あぁなるほど…って、あれ、僕何か言ってたっけ?」


「んーん、何も?」


ニコリと笑いながら答える妹に、どこか寒気を覚える。

…妹も違う意味で人間離れしてきているような。

いや、きっと夢だったのだ、夢に違いあるまい。

少しコタツに入りすぎて頭がボーっとしてるだけなのだ。

そう思いつつ、僕は何かを確認するように妹の頭を撫でた。

妹は、いつものように、猫のように気持ちよさそうに目を細める。

…うん、大丈夫だ。いや何がと言われても困るのだけれど。

そんなことをしている内に、敗北者が外からタンクの中に石油を汲んで戻ってきた。

ソレをよっこらしょと、古いストーブ(何と我が家ではいまだにマッチで点火式だ)

の中に入れようとして。

先程の激戦での傷が痛んだのだろうか、父がフラついた。

それだけなら問題はなかった、何も。


何でタンクのフタが開いているのだ?


もちろん、中身は石油。どばっと液体が飛び散る。

それだけでも十分惨事だ。後始末が大変だ。

しかし、それだけでは済まなかった。

いや、ある意味その始末は一瞬でついた。


残り燃料でいまだ点火中のストーブに、もろにぶっかかったのだ。


ボワッという炎の燃え上がる音を、僕は確かに聞いた。


その瞬間、僕は父が魔法でも使ったのかと思った。

天井にまで届くんじゃないという勢いの炎。

こんなのキャンプファイヤーでしか見たことがない。

何て暖かさと明るさ。まぁ素敵、って、ウソ?

って、アレ、僕まだ夢を見てるんじゃ?


「っきゃぁああああああ!?」


妹のつんざくような悲鳴で、僕は現実に戻ってきた。

そして見る。オゥ、正にキャンプファイヤー。ただし木材いらず。


「違う違うおにーちゃん!このままだと家ごとキャンプファイヤー!」


あぁそうだ、キャンプファイヤーだものな、木材は必要だよなぁ、って


「ちょっと待てーーーーーーー!?」


慌ててどうにかしようとするも、えぇっと、コレどうしたら!?


「そ、そうだ、水!誰か水をー!」


「おぉ、任せろー!」


父が珍しく頼もしげな声とともに、手近にあった、液体の入っている容器を手に取り、

それを燃え盛るストーブにぶっかけた。

途端。


炎が更なる勢いでぶっ飛んだ。


「何で石油ぶっかけてんだーーーーー!?」


バカ親父はどうやら先程の戦いで頭がイカれてしまったらしい。

もうバカはほっとくしかないと気持ちを切り替え、僕は窓を素早く開けた。


「かーさん!」


その一言と、目で伝える。僕の意を理解した母、すかさず燃え盛るストーブを外へと蹴り飛ばす。

その脚力は、かつてエースストライカーとして県下に名を響かせたとかそうじゃないとか。

とにかく、母の蹴り飛ばしたストーブは庭に脱した。

ひとまず家ごとキャンプファイヤーは免れたが、

燃え盛る炎は消える様子を見せやしない。

石油が燃えてるワケだから長くは続かないだろうが、

それでもとっとと消さねばお隣さんやら何やらに飛び火するかも知れない。

だが、庭の水道の蛇口は、何とストーブを挟んで反対側にある。

早くどうにかしないと、だけどどうしたら…!


「そこどいてー!!」


後ろから母の声が響き、直感的に振り向くこともせずに横っ飛び。

刹那、何か、人ほどの大きさがある物体が僕の体をかすめ、見事にストーブに直撃した。

人ほどの大きさがあるその物体は、そのままストーブにべったりと被さり、火の勢いを弱めた。

チャンス。僕はスキを見計らい、庭にダッシュ。

蛇口に手を伸ばすと、すかさず一気に蛇口を全開まで捻り、

燃え盛るストーブに勢いよく水をぶっかけてやった。

発火から鎮火まで、約1分。凄まじい出来事だった。

ウル○ラマンでもここまで鮮やかに鎮められまい。

さすが母だ。元の原因も母にあると言えなくもないが。


「いやぁ危なかったね…」


「ホントに…」


ふぅと冷や汗をぬぐいつつ母を見ると、母もほっとしているようだった。


「母さんのお陰だよ。とっさに何か蹴り飛ばして被せて、火を弱めてくれたからね」


「あはは、いやぁ、ちょうど手頃なものがあったからねぇ」


「ふーん、で、何蹴ったの?」


「父さん」


黒コゲになったストーブに目を向ける。

ベッタリとはりついている物体の中に、見慣れた衣服が見え隠れしているような。

…そういや肉の焦げるイヤな臭いが。


「…そっか」


まぁ、何となく予想はついていたけどね。


「ま、あのくらいじゃ死なないよね、きっと」


「そうよ、もっと酷い目にあったコトだってあるけど、結局生きてるし」


そのエピソードには触れていいものなのか。

興味はあるが、踏み込んだら何かが崩れるような気がした僕は、やんわりと話題変更を試みる。


「…それはそうと、ストーブ、使えなくなっちゃったね」


「仕方ないわね…ま、そろそろ換え時だったしねぇ」


「いい加減古すぎたしね…」


「とりあえず、ストーブ代はお父さんの小遣いから引けばどうにかなるわねぇ」


その瞬間、ストーブと一塊になっていた、元父親の黒い物体が、ピクリと動いた。

そして、さめざめとした泣き声が聞こえてくる。


「…生きてるね」


「当然よね。まぁ死んでたら保険金で買えばいいし」


…一層泣き声が大きくなった。

我が家には誰も父の味方をするものはいないのか…

と、ここまでの事態を傍観していた妹が、ととと、と父の元へと近づいていく。


「あ、あのね、おとーさんっ、大丈夫…?」


おぉ、まだ我が家には天使が残っていたようだ。

おめでとう、父さん。コレで今すぐ死んでも悔いはないだろう。

妹の言葉に微かに頷いた父に、妹は心底ほっとしたような顔をした後で、


「よかったー、おとーさんが死んじゃったらこれから先楽しみが減っちゃうものねっ。

それでおとーさん、せっかくだから私の部屋にもストーブが欲しいなーって思うんだけど…

買ってくれない?お願いー」


…どうやら妹は、己の私利私欲の為に父に死なれては困るらしい。

最後の砦も崩れ去る。父、憐れ。

平和主義者で事なかれ主義者な僕にはどうすることもできない。

僕にできることは、彼の為に墓を掘ってあげるか、救急車を呼ぶことくらいだ。

前者を選択するにはまだちと早そうなので、とりあえず僕は救急車を呼ぶことにした。

入院費もきっと父持ちなのだろうな。

…何だか今年の行く末を象徴しているようで、僕は密かに心の中で父に合掌した。





                    - 了


あとがき -

無し。

05/01/17


!-この小説は小説検索エンジン"楽園"に登録されてます-!

∠long  ∠index