笑って笑って。 -



歩道橋の柱。
そこが私の居場所。
目の前を行き交う人々は、私に気付かずに通り過ぎていく。
どうでもいいんだろうな、他人なんて。
きっと、私はこのまま、誰にも見つけられずに死んで行くんだナァ、
とかぼんやり考える。

「なぁ」

初めは気付かなかった。
こんな場所では、誰かを呼ぶ声が、自分を呼んでいるように聞こえてもおかしくない。

「おい」

でも、それが自分に対しての声だと分かったとき、喜びで私は顔を上げる。
ナンパでもなんでもいい、私の存在を見つけてくれるなら。

「あんた、こんなとこで何してんの?」

その男は、当たり前の疑問を投げかけてきた。
そりゃそうだ、誰かと待ち合わせしている雰囲気なんて微塵もない。
ただただ俯いて、子猫のように丸まっていたから。
だけど、私はそれに対して、予想はつけられたはずなのに、うまく答えられない。
やっと私を見つけてくれたのに。
その男は、私が黙っているのを見て、溜め息をついた後、脇の方を指さした。
何だ?と思っていると、

「腹、減ってるだろ?」

指の先にはファーストフード店があった。
わたしゃそんなに卑しい女に見えたのか。
でも、減ってないこともない。
なので、とりあえず付き合うことにした。
あくまで、自分に気付いてくれたから一緒に行ったのであって。
断じて、ご飯に釣られたわけではない、断じて。
ぐーっと間抜けな音をたてるお腹が、説得力無いけど。






「…見事な食いっぷりだこと」

ファーストフードに着いて10数分経った後、彼は呟いた。
呆れたような物言いをする彼の前には、山となったゴミが積まれている。
別に、私だけが食べた訳じゃない。
もちろん彼も食べている。
なわけで、この山が私だけで築けたかというと、そーいうわけではないのだ。
なので、私は決して卑しい訳じゃない。…多分。
最後の一口を飲み終えたところで、ようやく私は一息つく。

「で?あんたはあんなとこで何してたんだ?」

落ち着いた私を見て、彼はまた質問を投げかけてきた。

「別に…」

こんなこと言いたい訳じゃないのに、何故か口調が不機嫌になってしまう。
私の悪い癖だ。

「別に、ってそんなわけないだろう?もしかして、相手に逃げられたか?」

冗談っぽく笑いながら問いかけてくる彼に、私は何も答えない。
いや、答えられない。
図星だからだ。
何も答えない私を肯定と受け取り、彼は少し気まずそうにする。

「悪いこと聞いたな…」

「別に…」

ぶすっとしたまま答える。
そりゃ、ぶすっとしたくもなる。
なんだってこの男は、こんなにズバッと嫌なとこを突いてくると言うのだ。
しかも…私の一番嫌いな表情で。
彼はそんな私にお構いなく、そのまま続ける。

「ま、所詮その程度の相手だったんだ。むしろ、ラッキーだと思えよ。
 とっとと別れられてさ。その方が気楽だろ?」

そう言って、そいつはまた笑う。
たまらず、私は、つい、

「笑顔を見せないで。嫌いなのよ、笑顔」

本音を口にする。
別に、相手の男なんてもともとその内別れるつもりだったんだ。
だから、むしろすっぽかしてくれて好都合。
ただ、私から振ってやれないのが残念だ。
それより、その笑顔。
やめて欲しい。
笑顔が嫌い。
みんなそうやって私を裏切ったから。
いっつもそう。
どーして…

「何だ、珍しいな。笑顔が嫌いだなんて。
 俺なんて、いつも笑ってるけどな。楽しいから」

そら、あんたがお気楽なだけなんだわ、とは口には出さない。
呆れ顔の表情が物語っているだろうけど。

「そら良かったわね。でも、私は嫌なの。反吐が出る。
 何が楽しいってのよ、そんなに」

なかば愚痴のように、私は言う。
半分、彼に対しては言っていない。
今まで裏切ってきた男達に対して言っている。
平気な顔して、都合のいいことばっか口にして。
いざとなったら笑えば済むと思っている。
思いだしただけでイライラしてくる。
それに何度も騙される私も私だけど、騙す方も騙す方だ。

「何が楽しいって…わかんないけど。
 でも、いつもムッツリしててもつまんないだろ?」

「そりゃ、そーかも知れないけど…」

「それに、しわになる」

「大きなお世話よ」

その言葉がますます私をムッツリさせるということを、
こいつは分かってて言っているのか?
だとしたら、最低なヤツだ。
まぁ、こいつの性格だったら天然からだろう。
ほんのちょっとしか話してなくても、それくらい分かる。
どっちにしても、むかつくことには変わらない。
と、突然そいつは立ち上がると、急にわけの分からないことを言いだした。

「よし、なら俺があんたに笑顔を好きにさせてやる!」

「…は?」

「だーかーら、そのムッツリ顔をなくしてやるって言うの」

「それこそ、大きなお世話…」

「ほら行くぞ!」

最後まで言わせることなく、このお気楽野郎はいきなり私の手を引っ張って、連れだした。
もちろん、ゴミはちゃんと捨てたけれども。






一体、何なんだというのだ、この男は?
フツー、初対面の相手に、ここまでお節介焼けるか?
手を引っ張られながら、それでも私は振り払うことなくこいつの後ろを歩いていく。
私も私で。
私の存在に気付いたからって、ここまでこいつに付き合う義理はないのに。
しかも、私の最も嫌いな笑顔を振りまく男。
賭けてもいい、私はこの男を好きではない。
嫌いと言い切れない辺りが、なんとも言えずもどかしいが。

「で、映画なの?」

「嫌い?」

「いや、別にそーいうわけじゃないけど…」

「じゃ、いいじゃん」

そいつは、どんどん私を引っ張って、席に着かせる。
仕方ないので、そのまま映画を見ること数分。
周りから、どっと笑い声が聞こえる。
なんで、よりによって、

「コメディなの…」

「そっちの方が笑えるだろ?」

「だから、私は笑いが嫌いなのよ!」

「うるさいよ、しーっ」

口に人差し指を当て、小声で彼は言った。
元はと言えばあんたのせいだろーが、うるさくなったのは。
やることがないので、寝ようとするが、彼がそれをさせてくれない。
無理矢理にでも見させようと、いろいろと妨害をしてくる。

「あー、もう分かったわよ、見るわよ、見れば良いんでしょ!」

今度は周りに気を遣い、小声で怒鳴る。
それを聞いて、ようやく納得したのか、妨害がなくなった。
にしても…
目の前で繰り広げられている、なんとも言えない芝居は、
ますます私を白けさせる。
なんだってこんなもん見てるんだ、私は。
そんな私とは対照的に、彼は馬鹿みたいに笑い転げている。
私にとっちゃ、そっちの方がよっぽど滑稽に見える。
よっぽどお気楽に生きてるんだろーね。
それこそ、人に裏切られたりしないで。
ホント、うらやまし。
そうして彼の顔を見ている内に、2時間はあっという間に過ぎた。






「いやー、面白かったねー」

映画館から出ても、彼はまだお腹を抱えて笑っている。

「そう?」

相も変わらず、私は冷たくあしらう。
そんな私の受け答えを気にもせず、彼はまた笑い出した。

「いやー、特に後半入ってからのあれは…ははははは」

確かに、後半からはさらに笑いのペースが上がっていた。
それは覚えている。
映画の内容は全然覚えていないけど。

「そうね、楽しかったわね。それじゃ、私はこれで」

そのまますたすたと去っていければ楽だったのに、
その男は当初の目的を忘れてはいなかった。
しっかりと私の腕を掴んで、難しい顔をする。

「うーん、あれは俺おすすめのヤツだったんだけどなぁ」

「じゃ、あれ以上はないわけね?それじゃ、サヨナラ」

「あー、まだまだ。まだこれからだってば。
 まだあんたに笑顔が好きって言わせてない」

「エガオガスキ。これでいい?」

「ダメ」

そう言うなり、彼はまた強引に私を引っ張り出す。
私の自由はないのか。
そう口にする気も起きず、そのまま彼に引っ張られていった。
何故、私はなすがままになっているのか。
自問して、
"それは、彼と一緒にいるのは、そんなに悪くないし、退屈だから"
と、自答する。






次に行ったのは、売れないお笑いの人達の小話。
全然面白くなかったが、彼は相変わらず笑い転げていた。
私にとっちゃ、やっぱりそっちの方が滑稽だった。
その次は動物園。
彼は、見るモノ見るモノ全てに対し子供のように反応し、
いちいち私の方を見て、笑った。
そんな彼を、私はただ呆れたような目で見る。
ただ、不思議なのは、彼の笑顔を見ても大して腹立たしくならないとこだった。
見慣れてしまったからだろうか。
ちゅーか、見慣れてしまうほど笑ってるこいつはこいつで凄いと思う。

「あんた、一体何でそんなに笑えるの?」

小休止で入った喫茶店で、なんとなく聞く。
すると、そいつはしばらく黙り込んだ。
ただじっと考えた後、

「なんでだろーね?」

知るか。

「じゃ、何であんたはそんなに笑わないんだ?」

今度は、相手が逆に聞いてきた。
話すべきだろうか?
話してどうにかなるわけでもあるまい。
でも、次に口から出た言葉は、自分でも信じられなかった。

「誰かを裏切りたくないからよ」

実に自然に、本音が口から出た。
その私の言葉を聞いて、彼は不思議そうに首を傾げる。

「裏切る?笑顔が?」

「そうよ、だから嫌なの」

観念して私は淡々と語りだした。

「私が付き合ってきた男って、みんな楽しそうに笑う人ばかりだった。
 明るくて、みんなに人気があって。
 私は、そーいう太陽みたいな人を好きになるみたいなんだわ。
 自分がこんな暗い性格だからかしらね。
 でも、そーいう人達は、いつも決まって別に女ができて、裏切るの。
 『ゴメンな』って、笑って言うのよ。
 今まで自分に向けられていた笑いが、そんな使われ方するのよ?
 なんで、別れ話の時にまで笑うのよ…
 私はそれを好きになって付き合ったのに、最後にはそれに裏切られる。
 嫌になったわ。でも、好きになっちゃうのよ、どうしても。
 だから、せめて私だけは笑わないように、って思った。
 そうすることで、最後に誰かを裏切らずに済むじゃない?だから、よ」

言い終わって、私は何言ってんだろ、とぼんやり考える。
後悔、はしていない。
むしろ胸のつかえが取れた気分ではある。
何故こいつにここまで吐いてしまったかは分からないけど。
ふと顔を上げると、そいつは穏やかな顔で、笑っていた。

「へぇ、世の中には自分と正反対な人もいるもんだな」

そう言って、彼はまた笑う。

「何よ、正反対って。じゃ、あんたの笑う理由、聞かせてよ」

正直、興味があった。
いつも振ってきた男達の気持ちを知るチャンスでもあったし、
個人的にもこいつの気持ちを知りたかった。

「俺の笑う理由はね、誰1人として、傷付けたくないから」

「ふーん?」

「なんつーのかなぁ、例えば、俺がすっごい不機嫌だったりするじゃん?
 そーするとさ、周りの人間は自分のせいでもないのに嫌な思いとかしちゃうだろ。
 そんなの嫌だからさ。
 例え、嫌なことがあっても、俺は笑っていようと思う。
 俺が笑っていれば、全部解決だから。
 あんたみたいに恋人に裏切られたことないから、分からないけど、
 でも、もしそうなったとしても、俺はそいつのことを恨まずに、笑って見送りたい。
 だって、好きなヤツにはもっと幸せになって欲しいもんな。
 でも、自分が裏切ることになったら…」

「なったら?」

つい聞きたくて、先を促してしまう。

「その時は…そうだな。
 やっぱり、俺も笑うかも知れない。
 涙で別れるよりも、辛くないだろ?俺にとっても、相手にとっても。
 あんたは裏切られた、って感じちゃうだろうけど、
 それでも俺ならやっぱり笑うんだろうな。俺よりいい男見つけろよ、って。
 これって、卑怯なのかな、やっぱ。自分が傷つきたくないからなのかな」

自分に向かって呟いてるのか、それとも私に向かって問いかけているのか。
よく分からなかったが、

「さぁね」

私はそう答えた。
ただ、何となく。
胸の支えが取れたような。
喉の奥に引っかかってた小骨が取れたような。
スッキリした気分では、ある。
きっと、今までのヤツも、こいつと同じ思いだったんだろう。
今はよく分かる。
何故なら、どうやら私は同じタイプの人間しか、好きになれないようだから。

「でも、それはそれでいいんじゃない?」

そう言って、私はこの日初めて、笑った。

「あ、ようやく笑った!へぇ、似合うじゃん。可愛いよ」

「そ」

素っ気なく答えるが、結構内心ドキッと来るモノがある。
それをこいつは、また笑顔で言うのだから。
たまらないだろう。

「はいはい、今の笑顔をもう一度」

そう言いながら、彼は懐から何かをゴソゴソと取りだした。
それは、彼のマイカメラらしいものだった。

「はい、笑って笑ってー」

そう言って、顔を寄せてくる。

パシャ。

その時の私の表情は、紛れもない笑顔だった。

「何よ、突然?」

「初・笑顔記念」

「わけわかんないけど」

「いいじゃんいいじゃん。あ、後で送るから、住所教えてよ?」

「いいわよ、これから案内するから。直接届けてね」

「え、それって…」

「ほら、ぐずぐずしない。置いてくわよ?」

そう言って、私は彼を連れていく代わりに、あるモノを置いていった。
それは、しかめっ面の、不機嫌な私。
やっぱり私は、こんな男しか好きになれない。
そして、そうなるとどうしても、笑顔がこぼれてしまう。
だから、もうそんな私とはサヨナラ。
出来れば、もう会いたくないけど。
今まで、どうもありがとう。そして、サヨナラ。






                    - 了


あとがき -

あー、こんにちわ、アキです
今回は、何となくあっさり風味な話を書きたかったので、こんな風になりました
よく分からない話です。書いてる本人も、ボーっとしながら書いたので
ま、ボーっと読んで下さい。落ちが中途半端ですが
なわけで、また

次は一転、アクションモノを書く予定だったりします
ご期待あれ。では





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∠short  ∠index