君がいた奇跡 #3 -


気が付けば、いつの間にか病院に着いていた。
道のりは10分ほどだったはずなのだが、その間は1時間もかかっていたような気もする。
僕は、真っ直ぐに彼女の病室へと進む。
エレベーターが、遅く感じた。
階段を使おうかとも思ったけど、余計時間がかかるだけなので、踏みとどまった。
チン、と緊張感を抜けさせる間の抜けた音が鳴り、扉が開く。
瞬間、廊下を駆けていく僕がいた。
看護婦さんの注意の声が聞こえるが、今は構っていられなかった。
一刻も早く。
ただ、それだけが頭にあった。

「着いた…!」

肩で息をしながら、僕はとうとう彼女の病室に辿り着いた。
いつも入り慣れたその部屋が、いつもと違う雰囲気のような気がして。
不安が、止まらなかった。
それでも、進まなくては。
不安が現実にならない内に。
ガチャン、と扉を開ける。
いつものように、夕日が射してきた。
とても綺麗な光景で。
でも、いつもとその風景は確実に違っていて。
お医者様がいて。
恐らく僕に電話してきた看護婦さんが、入ってきた僕を涙を浮かべて見つめていて。
そして、何より。
彼女の笑顔がそこに…

…なかった。

目をつぶり、感情の一切をなくしたその顔に、血の気はない。
不安が、現実となる。
背中に、冷や汗が流れる。
看護婦さんを見る。
その時の僕の顔は、きっと奇妙な笑顔を浮かべていたことだろう。
期待と、不安と、希望と、絶望と、悲しみとが奇妙に入り交じった顔。
そして、彼女は僕の期待を裏切ることに少々躊躇いながらも、それでも強く首を横に振る。
顔に、驚愕が走ったことだろう。
思わず夏美のそばに駆け寄る。
やはり、目は開かない。

「ウソだ…」

小さい声で、でもその部屋にいる者には聞こえる程度で呟く。

「ウソだ、ウソだ、ウソだ、ウソだ、ウソだ!」

だんだんと声が大きく、荒くなる。
でも、そんな抵抗も現実には効果がない。

「ウソ…だ…」

最後の言葉は、涙で途切れ途切れになる。
分かりきっている事実を、僕は受け止められずにいた。
看護婦さんが、悲しそうな目で僕を見ているのがわかる。
彼女との思い出が、脳裏によぎる。


 "生きなきゃ、ダメだよ― "


「なんでだよ…?」


      "また来てくれたんだ。嬉しいな― "


「またね、って言ったじゃないか…」


      "秀人は、優しいね― "


「君は、笑顔で…」


      "あ、誕生日一緒なんだ。嬉しいな― "


「誕生日を一緒に迎えようって…」


      "私の夢は、ヒマワリ畑を見ること。母さんと見た、あのヒマワリ畑を ―"


「約束、したじゃないかぁぁぁぁ!」

涙があふれ、でも止まらなくて、止められなくて、彼女の顔に落ちて、濡れても、
彼女は目を開けず。
彼女の顔さえも見えなくなって。
それでも、それでも言葉を続ける。
まるで、彼女がそれに反応して目覚めるんじゃないかと期待するかのように。

「夢は、夢で終わらせるためにあるんじゃないだろ?
 そう、僕に教えてくれてくれたのは、君じゃないか!」

後ろで、看護婦さんとお医者様が出ていく気配がする。
きっと、気を使ってくれているのだろう。
でも、

「生きてなきゃ、何もできないんだろう?
 ねぇ、そう言ったじゃないか?だから・・・君も、死んじゃダメだろう…?」

彼女は起きてくれない。
どんなに呼びかけても、この声は彼女には届いていない。
どんなに揺すっても、彼女は目を開かない。
僕は、3ヶ月前のあの日と同じ、いやそれ以上の悲しみを味わっていた。
そして、彼女がそのことを教えてくれなかった悔しさも。
気づけなかった苛立ちも。
ふと、目をやると、彼女の枕元に一つの小さな箱があるのが目に付いた。
手紙が、一緒に置いてある。
宛名は、僕。
涙を拭いて、僕はその手紙を読み出した。



― 秀人へ。

あなたがこの手紙を読んでいるということは、私がすでにこの世にいないということでしょう。

もう知っていることでしょうが、私は、ずっと前から悪質なガンで、あなたと会った時には、

すでにあとどのくらいしか生きられないのかが分かっていました。

ゴメンね。

重い病気だったと言うことを知らせないで。

両親が死んだばかりだというのに、また辛い思いをさせて。

ヒマワリ畑の約束、果たせなくて。

何より、誕生日を、一緒に迎えられなくて。

どんなに謝っても、きっと許してもらえないでしょう。

いいえ、あなたが許しても、私が許せない。

それでも、ゴメンね。

あなたと過ごした数カ月。

とても短い間だったけど、それでも今までずっと病室で過ごしていた時間より、充実していた。

あなたと出会ったあの日。

私は、お医者様から死を宣告されました。

呆然として、何もかもが投げやりになっていたとき、窓の外で泣いているあなたを見つけたのです。

その時のあなたは、生きる力を失った廃人のようで。

まるで、自分を見ているようでした。

あの時言ったことは、私自身への励ましでもあったのです。

まだ、死んだわけではないのだから、と。

まだ諦めてはいけないと。

それから、あなたは毎日私の元に訪ねてくれた。

身寄りもなく、お見舞いをしてくれる人もいない私にとって、あなたの存在がどれだけ力強かったことか。

どれだけ嬉しかったことか。

たとえ、千以上の言葉を並べたとしても、それでも足りないくらいでしょう。

あなたがいたから、私は今日まで生きてこられた。

そのことを、忘れないで。

きっと、あなたと出会わなければ、私は寂しいまま生涯を終えていたでしょう。

だから、私はとても満足している。

だから、悲しまないで?

私はいつでも、あなたといるから。

ただ、ただ一つだけの後悔は、やっぱり誕生日。

一緒に、迎えたかったね。ゴメンね。

私、一生懸命プレゼント考えたんだ。

きっと、気に入ってくれると思う。

看護婦さんのお墨付き。だから、大丈夫。

あー、でも秀人のプレゼント、見たかったナァ。残念だよ。

でも、それでもいいです。

秀人は、いつも私に安らぎをくれたから。

だから、それで十分。

ありがとう、秀人。

最後に。

天国にまでこの言葉を持っていきたくはないので、伝えておきます。

私、あなたのことが好きでした。

どうしようもないくらい。

もし、生まれ変わったら、その時こそ秀人の恋人になりたいナァ、なんて。

わがままかな?

・・・これ以上書くと、涙が出てきそうだから、このへんで。

ありがとう、さようなら。

            夏美 ―



涙が、体中の水分を出し尽くしてしまうぐらい、再び流れていた。
彼女の手紙の上に、涙が落ちる。
僕もだよ。
僕も、君のことが好きだったんだ。
どうしようもないくらい。
でも、今はもうこの言葉は届かない。
返事をさせてくれる暇もくれず、彼女は天国に行ってしまった。
また僕は、何も伝えられないまま、大切な人を失った。
彼女のプレゼントが入った小箱を開けてみる。
中には、ペアリングが入っていた。
大きめの方を指にはめてみると、サイズがピッタリだった。
どうやって調べたのだろう、とは思ったけど、そんなことより、単純に嬉しかった。
でも、どこかやっぱり悲しくて。
それでも僕は彼女に笑顔で、

「ありがとう」

とだけ呟いた。
もう一つのリングは、きっとこれから誰もはめることはないだろう。
僕は、少しボロボロになった紙袋から、先程購入したヒマワリ柄のワンピースを取りだし、
彼女の上から覆う。
きっと似合っただろうな。
着たところが見られないのが、残念だ。

「…は・はは・はははは…」

涙を流しながら、僕は笑っていた。
乾いた笑いが、空しく病室に響く。






静かだった病院に、けたたましい足音がした。
それと、僕がされたように看護婦さんの注意の声。
後ろのドアが開くが、僕は振り向かなかった。
きっと、彼だから。

「ハァ、ハァ、ハァ…」

病室に、彼の息切れの音だけが聞こえる。
が、すぐに彼は息を整えた。
そして、完全な静寂。
しばらくして、彼が呟く。

「…どーやら…」

「ああ。そうだよ。ゴメンね、神宮寺君。
 助けてもらったのに、やっぱり、間に合わ…」

そこまで言って言葉をさえぎられる。

「間に合ったようだな」

「…え?」

間抜けな声を上げて、後ろを振り向く。
彼は、どこかホッとしたような笑顔を浮かべていた。
同時に、苛立ちが募った。

「何言ってるんだよ…間に合わなかったんだ、僕は。
 彼女に会えなかったんだよ…それなのに、なんで君は笑ってるのさ…?」

顔を怒りに染め、目を腫らした僕を見て、彼はちょっと驚いている。

「あ、あー、悪い悪い。そーいうことじゃなくて、だな」

「?」

また、彼の不思議な言動が始まった。
どういうことなのか、今回もさっぱりわからない。

「じゃあ、どういうことさ?彼女は、もう死んだんだよ?
もう、この世にはいない…天国に、行ってしまったんだ…」

うつむいて呟くと、改めて現実を再確認した。
そう、もう彼女はここにはいない。
間に合ってなんか、いなかった。
だが、彼は信じられないことを口にした。

「いや、まだ諦めるのは早いってことだ。まだ、彼女は天国には行っていない」

「え…?」

「いや、確かにもう死んでしまっている。そういう意味じゃ、お前は間に合わなかったけれど、
 でも、お前は繋ぎ止めておいてくれた、彼女を。だから、間に合ったのさ」

「…」

やっぱり、サッパリだ。
でも、何故だかその言葉はひどく期待させるモノがあった。
信頼してしまうモノがあった。

「お前は、この世界に降りたばかりで
 人間離れした行動や言動をする俺と、いつでも笑顔で接してくれた。
 これは、そんなお前に送る感謝の気持ちだ。
 以前、言っただろう?俺は奇跡を与えることが使命だ、と」

「あ、うん」

確かに、入学式のあの日、彼はそんなことを言って僕を混乱させた。
思えば、あの時がこの不思議な人間との付き合いの始まりだった。

「以前は無意味だと思っていたこの使命だが、今なら無意味とは思わない。
 お前みたいな人間がいるのなら、奇跡を与えるのも、悪くはない。それに…」

「…それに?」

「俺は、お前が好きだしな。だから、奇跡を見せてやる」

そう言うなり、彼は彼女の側へやってきた。
そして彼女の身体の上で、手を奇妙に組み、なにやらぶつぶつと呟きだした。
すると、彼女の身体がぼう、と蒼白く輝き、そして体が浮いたのだ。
いや、正確には身体ではない。
夏美の身体は確かにベッドの上にまだある。
浮いたのは、蒼白い光を発している、もう一人の夏美…
夏美の霊魂、というのが正確だろうか。
信じられない光景だった。
その光の結晶のような夏美が、閉じていた瞼を開いて、僕を見た。

「秀人…」

今にも消え入りそうな声で僕に語りかけてきた。

「な、何?」

突然の現実離れした出来事で、うまく反応が出来ない。

「ゴメンね…」

彼女は、今にも泣きそうな顔で呟く。
そんな顔を見るのは、初めてだったかもしれない。
いつでも彼女は笑顔で、僕はいつもその笑顔に励まされてきた。
彼女のどんな表情も好きだけど、この顔は見ているだけで切なくなってしまう。
だから、こんな顔は、見たくない。
こんな、悲しそうな顔は。

「謝ることないよ」

「でも…」

「夏美だって、一生懸命死の苦しみと戦ってきたんだ。
 謝るのは、むしろ僕の方だよ。そんな辛い目にあっていたのに、全く気付かなくて…ゴメン」

本当に、申し訳なかった。
僕は、彼女の笑顔しか見ていなかった間抜けな自分。
安心しきっていた鈍感な自分。
情けなさ過ぎて、それこそ死んでしまいたい。

「そんな、そっちこそ謝ることない。
 私が生きてこられたのは、あなたのお陰だったんだから、だから、謝らないで?」

「うん、ゴメン」

「ほら、また」

「あ…」

「あははは」

「…ははは」

お互いに笑うも、僕の笑いには少し力が入らない。
ようやくこの出来事が現実だと受け入れられて、
彼女が本当に死んでしまったことに気付いたから。
これが、最後なんだ。

「でも…」

「え?」

ふと、彼女が呟いた。

「嬉しいな…まさか、こうして会えるとは思っていなかったから」

「そうだね。神宮寺君のお陰だよ」

そう言って、彼の方を向くと、彼は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
そんな様子を見て、二人してくすくすと笑った。

「良い友達ね」

「ちょっと変わってるけどね」

そう言うと、彼はむっと顔をしかめるので、また二人してくすくす笑った。

「でも、そのお陰でまた、会えたんじゃない?」

「そうだね。ありがとう、神宮寺君」

「ふん」

そう言って、彼は照れていた。
ちょっと彼の意外な一面を見たような気がして、おもしろかった。
いつの間にか、涙が止まっていることに気付いた。
悲しみより、喜びの方が今は上のようで。

「あ、そうそう」

「うん?」

思いだしたように、彼女は笑顔になる。

「ハッピーバースデー、秀人」

「あ、うん。ハッピーバースデー、夏美」

そういえば、すっかり忘れていた。誕生日を祝おうという約束を。
なんだか、こうして祝うのは変な感じだけど、でも嬉しかった。
どんな形であれ、彼女とこうして誕生日を祝えたのだから。

「そうそう、忘れない内に」

「え、なになに?」

嬉しそうな彼女の笑顔に背を向け、先程彼女の体の上に乗せたワンピースをそっと取り、
そして彼女に差し出した。

「わあ…」

そう言って受け取る彼女の顔は、先程の笑顔よりさらに輝いて見えた。
蒼白い光が、それをさらに際だたせる。

「本物のヒマワリには適わないけど」

「そんなことないよ!」

「気に入ってくれた?」

「うん!とっても!」

受け取ったワンピースを広げ、くるくると彼女は回った。
その様子を見ていると、さっきまで泣いていたことが馬鹿らしくなってきた。

「じゃ、プレゼント」

「うん!ありがとう!」

満面の笑み。
それが、僕の最大の幸せであると、再認識させられる。

「あ、それと」

「何?」

もう一つ、あった。
やっと書き上げた小説。
今までで一番力を入れた。
夏美に読んでもらうのが楽しみだったから。

「これ」

「え、もしかして、出来たの?」

「ああ。もう、昨日は徹夜だったよ」

目をこすりながら言ってみるけれど、実際には眠気なんて一つもない。

「お疲れ様」

「うん。でも、今までで一番の出来なんだ。だから…」

「ありがとう。でも…」

「…でも?」

彼女の口から出た返事は、意外なモノだった。

「これは、受け取れない」

「え…?」

僕の顔色を見て、少し慌てて彼女は続ける。

「だって、自信作なんでしょ?だったら、もっと多くの人に見てもらわなきゃ。
 私は、あとで読むこともできるだろうし。最初の読者じゃないのは残念だけど。
 でも、いいの。だから、大丈夫。ね?」

「…うん、わかった」

少々残念だったけど、夏美がそう言うのなら、僕はそうしようと思う。

「作家への第一歩だね」

「ああ、そうだね」

そう言って、二人してまた笑った。
いつものやりとりを、こんな形でやっているのが、またおかしかったから。
そんなやりとりをしていると、神宮寺君が神妙な顔をして近づいてきた。

「お楽しみのとこ悪いんだけど…」

「え、何?」

僕は、彼女との再会で、顔がほころんだまま彼の方を向く。
「そろそろ、時間なんだ。
これ以上ここにいると、今度は天国に行けなくなるんだ。だから…」

「…お別れ、なんだね」

言いにくそうにしていた彼の言葉を、僕はつなげた。
最初から覚悟はしていた。
もう、別れたも同然だっただけに、嬉しいことだったけど。
でも、仕方のないことなんだ。
悲しいけど。
僕らはもう一度、別れねばならない。
涙が、流れそうになる。
だけど、泣くわけにはいかない。
これ以上、彼女を悲しませたくないから。
それに、死ぬ前に会うことが出来たのだから。

「そっか…寂しいけど、でも、いつか会えるよね?」

「ああ。僕が死んだら、また会えるよ」

「なんだか、それはそれで嫌だけどね」

「あはは、そうだね」

笑いは、これ以上ないほどぎごちない。
涙をこらえるのがやっとだ。

「それじゃ…」

「うん。じゃあね」

ふと彼女の顔を見上げると、その目には涙が浮かんでいた。
思わず、泣きそうになる。
ここにずっといて欲しいと、叫びたくなる。
でも、こらえなくては。
わがままは、彼女をさらに辛くさせるから。

「…お別れは、済んだな?」

神宮寺君が、声をかけるのが辛そうに聞いてきた。

「うん。もう、大丈夫だよ」

「それじゃ…」

そう言って、神宮寺君はまた手を組み、ぶつぶつ呟きだした。
すると、彼女の姿が、足の方から、蒼い光が支えを失うように消えていく。

「あ…」

どんどん消えていく彼女を、やっぱり止めたいと思う。
愛しい彼女といつまでも一緒にいたいと思う。
でも、その願いは届かない。
この出来事だって、文字通り奇跡だったのだから。
でも…
僕は、まだやり残したことがあった。
それは、

「…夏美!」

「え?」

目をつむって消えるのを待っていた夏美は、急な呼びかけにはっと目を開く。
その顔に浮かんでいるのはかすかな期待の色。
その時、すでにもう彼女は腰の辺りまで消えかかっていた。

「僕は…」

「うん…」

少し躊躇う。
だがチャンスはもうこれしかない。
神様が与えてくれた最後のチャンスは。
天国に行ってしまう彼女に、この言葉を渡しておかなくてはいけない。

「僕は、君のことが好きだった!どうしようもないくらい!
 だから…だから…」

言葉を続けようとしても続かず、彼女もその続きを待つように静かに待つ。

「だから、これを君も持っていてくれ!
 たとえ離れてしまっても、僕達の気持ちはいつも、いつでも一緒だから」

そう言って、彼女の指に、ペアリングをはめた。
彼女は、それを愛しそうに見つめたが、次の瞬間にはその腕も消えていた。
そして、いつもの、いや、いつも以上の笑顔を浮かべる。
その時はよく分からなかったけど、今考えると奇妙な笑顔だったかもしれない。
喜びと、悲しみと、嬉しさと、寂しさとが入り交じった、そんな笑顔。
そして最後に顔だけになった彼女は、

「ありがとう…」

と呟き、そして完全に消えた。
部屋を、再び静寂が支配する。
残ったのは、渡せなかった小説と、魂の抜け殻となった夏美の肉体と。
そして、彼女を失った悲しみと、最後に大切なことを伝えられた喜び。
いつの間にか、涙が流れていた。
もう、泣かないと決めたのに。
それでも、きっと僕はこれからも泣くのだろう。
彼女のことを思い出すたび。
でも、それは悲しいことだけではない。
いつまでも彼女のことを思っている証拠でもあるのだから。
願うなら、彼女との思い出が、いつか本当に美しいモノへと変わっていけるように…

「さよなら…」

こうして、僕らは別れた、永遠に。



#



あれから1年である。
早いモノだ。
気付くと、涙がまた流れていた。
彼女との思い出は、今だ悲しいままで。
それでも、懐かしむことは出来た。
少しは気持ちの整理が着いたから。

「やっぱりここだったか」

後ろから声がした。
久しぶりに聞く、聞き慣れた声。

「久しぶりの帰郷はどうだった?」

涙を拭き、振り返る。
そこには、神宮寺君がいた。
神宮寺君は、7月に入ってすぐ、天国へ里帰りしていた。
後で聞いた話では、彼はやっぱり神の使いだったらしい。
まぁ、あんな光景を見て信じるなという方が無理だろうけど。
以前から少し半信半疑だった僕は、ちょっと反省した。
彼のことを完全に信用できていなかったのだから。
それを言うと、神宮寺君は軽く笑いながら、

「ま、そんなもんだろ。
 あんな話、半分でも信じてくれるだけましさ」

と、明るく言った。
僕は、彼のそんなところも含めて全てが好きだった。
彼は、僕の問いに対して、苦笑しながら、

「はは、大変さ。帰った途端神様にいろいろどやされて。
向こうでの仕事も溜まってて。ホント、疲れたよ」

「あはは、それは大変だったね」

「ま、今のお前に比べればどうってことないけど」

「そんなこと…」

現在、僕は若手の作家になっていた。
高校2年生にして、すでに職業持ちである。
あの時の小説を、より多くの人に見てもらうために雑誌社の応募に参加したところ、見事受賞。
またもや、奇跡を見せてもらった気分だったのを覚えている。

「そうだ」

ごそごそと、鞄からある物を取りだした。
そして、それを彼女のお墓の前に置く。
一冊の本。
タイトルは、"君がいた奇跡"
著書は、僕である。
これが、1年前に執筆した物だ。
改めて読むと、まるっきり僕と彼女のことのようである。
読み返すと、日記を読んでいるような気分だ。
ただ、最後だけは少し違うけど。
ようやく、彼女に読んでもらうことが出来る。
それを置いて手を合わせていると、隣で神宮寺君も腰をかがめて手を合わせた。

「そうそう」

手を合わせている時、ふと彼が呟いた。

「何?」

「彼女がよろしく言っておいて、だと」

「…そっか」

そう言って、また目をつむる。
数秒後、二人して立ち上がり、伸びをした。
空が、筒抜けるほど蒼い。
ふと、あのときの彼女の光を思いだした。
しばらくして、ふと思い出す。

「そう言えば…」

「うん?」

「なんで急に里帰りなんてしたの?」

そう、今は確かに夏だけど、まだ休みには入っていない。
帰るとしても、まだ早いだろう。
試験だってあるというのに。
まぁ、神宮寺君に限ってそんな心配は無用だが。

「知りたい?」

「もちろん」

そこで、彼は少し顔をにやつかせる。

「もったいぶらないでよ」

「いやぁ、もったいぶるだろ、なんとなく」

なんだ、そりゃ。
そこで、彼は笑顔を残したままだけど、少し神妙な顔になる。

「実はな、神様に呼ばれたのさ」

「ふぅん、なんで急に?」

いくら神様でも、人間が定めた休日をわざわざ無視する必要もないだろうに。

「新しい使命」

「また?」

彼にはいろいろと使命があった。
天の使いというのも大変である。
なんでも、安月給らしくて。

「どんなのさ」

「それが、お前に関係することでな」

そこで、少し止まる。

「…僕の?」

「そう。お前の」

そこで彼は顔を引き締める。

「お前は、まだ彼女のことを愛しているか?」

「え!?」

急に言われて顔が赤くなる。
そりゃ、確かに公言したけど、改めて面と向かって言われると(しかも真面目な顔で)、
恥ずかしくなる。

「いや、その、なんというか…」

思わず、しどろもどろになる。
それを見た彼はちょっと愉快そうにしていたが、また少し真面目になり、

「どうなんだ?」
と聞いてくる。
真剣な表情なので、きちんと答えないわけにもいかず。

「…ああ。愛してるよ。
 未練たらしいと思われても構わない。
 僕は、彼女のことが、夏美のことが好きだ」

本音だ。
1年経っても、僕は他の誰かを好きになる気が起きない。
ずっと、思いはそのまま。いや、それ以上と言っても過言ではない。

「…よし」

それを聞くと、彼はふっと安心したような表情を浮かべる。
一体、何だというのだ。

「なら、もう一つ聞こう。実は、神様が俺に与えた使命というのは、お前に試練を与えることなんだ」

「試練?」

「そう、試練。実は、彼女はこの世のどこかに転生した。
 あの時の姿のままで。どこかはわからない。
 もしかしたら、日本じゃないかもしれない。さらに、彼女には記憶がない。
 だから、向こうから会ってくることはないわけだ。
 試練とは、お前が彼女を捜し当てること。
 そうすれば、神様は彼女に記憶を授け、今度こそお前らは幸せになれるのさ」

「…」

信じられない言葉だった。
でも。
それでも、今なら信じられる。
当時のままなら、今でも半信半疑だったことだろう。
だが、僕は彼の奇跡を見ている。
ウソだなんて、思えるわけがない。

「どうする?一生かかっても会えないかもしれない。
 何せ、60億分の1だからな、確率としては。
 もしもお前がここで諦めるというのならば、神のお情けで天国では会うことは出来るが…?」

僕の返事は決まっている。

「…僕は、その試練を受ける。
 たとえ、一生かかったとしても、必ず彼女を見つける。
 それに、そのぐらいの試練に耐えられなくちゃ、たとえ天国で会えても、彼女に会わす顔がない」

そうだ。
いつまでも神様や神宮寺君に頼ってもいられない。
最後に与えられたチャンスを、僕は逃すわけにはいかない。
そして、今度こそ、僕は彼女と一緒になる。

「長く、辛い道になろうとも?」

「決心は変わらないよ。
 それに、一度別れたのに、こんなチャンスがもらえたんだ。
 全然辛くなんてないさ。むしろ、喜ぶべきだよ。ありがとう、神宮寺君」

「あ、あー。ま、お前の人徳と行いのお陰だし、な」

そう礼を述べると、彼は少し照れくさそうにした。
同時に、その言葉をとても喜んでいた。
彼は、とても素直だ。
もしかしたら、僕なんかよりよっぽど純真なのかも知れない。
やや間があって、彼が口を開いた。

「…それならば」

「うん?」

「いや、今日は何の日だ?」

今日。
7月7日。七夕。
僕の誕生日。
同時に、夏美の誕生日。
同時に、夏美の命日だ。
やや迷って、

「七夕」

とだけ答える。

「同時に、お前らの誕生日でもあるよな?」

「うん」

先程まで考えていたことを彼は言った。

「去年は、いろいろあってお前らに誕生日プレゼント、渡せなかったナァ」

「いや、別にそんなの気にしないで良いよ。
 それに、その時は神宮寺君僕らの誕生日知らなかっただろうし」

いろいろあったのは、もちろん彼女の命日だったからで。
伝えられなかったのは、当然と言えば当然だった。
「ま、そうなんだけど。
 でも、だ。とりあえず、誕生日は祝っておきたい。
 それで、まとめてと言ったらなんだけど…」

「プレゼント?」

「ああ」
ちょっと嬉しかった。
何せ、友達から誕生日を祝ってもらったことはなかったし。
いや、それは普通なんだけど、でもやっぱり祝ってもらうと嬉しいわけで。

「どんなの?」

期待をしながら、彼に聞く。

「奇跡さ」

あっさりと答える。

「奇跡…?」

「そう。わかったら少し目をつむれ」

「うん」

言われるままに、目をつむる。

一体、なんなのだろう…?
彼の言う奇跡は、確かに奇跡には違いないんだけど、
どんなのだか予想すらつかない。
でも、プレゼントというくらいなんだから。
そう考えたとき、声がした。

「ハッピーバースデー、秀人」

その声は、神宮寺君のモノとは明らかに違っていて。
そして、1年前には毎日夕日のかかる部屋でずっと聞いていた声。
忘れようにも、忘れらない。忘れるものか。
思わず、目を開ける。
そこには…





目を開いた少年の顔が驚愕に変わる見るのは、神宮寺弘樹と呼ばれる彼にとってなかなか楽しいモノだった。
いつの間に咲いたのか、周りには一面のヒマワリ畑が咲いており、お墓はどこかに消えていた。
少年が、こっちを見つめる。
それに、神宮寺弘樹は笑顔で、

「今日は七夕だろ?織り姫と彦星が再会できる日さ」

とだけ言う。
今回の奇跡は奮発したかいがあった。
おそらく、これから使命として奇跡を見せたとしても、これ以上の奇跡は見せられないだろう。
何せ、個人的な思い入れまであるのだから。

「どうして…?」

少年は、目の前の少女の存在がまだ信じられていない様子だ。
それに彼は説明を加える。

「さっきの試練てな、あれはウソさ。お前の気持ちを確かめるための。
 そして、それこそが俺の使命だったというわけ。
 もし、お前があそこで諦めるようだったら、そこでアウト。
 ま、お前なら大丈夫だろうと思ってたけどな」

そう言うと、少年の顔に喜びの色が広がる。
それを見て、彼は安心したようにそこを立ち去る。

「人間もまだまだ捨てたモノじゃないね…」

小さく呟いたその言葉は、幸せ一杯の彼らの耳に届くはずもなく。

「神のご加護があらん事を」

そんな二人に、彼は祝福の言葉を置いて、そして消えた。





涙で、彼女の顔が見えない。
でも、ハッキリと彼女だと分かった。
いつの間に咲いたのか、周りにはヒマワリが一面に広がっている。
彼女は、そのヒマワリに紛れてしまうような、同じ柄のワンピースを着ていて、
そして輝くような笑顔を浮かべていた。
僕は涙を拭く。
彼女の前で泣いてばかりいられない。
そして、彼女に負けないぐらいの笑顔を浮かべ、そっと彼女に口づけを交わした。
重ねたお互いの手には、それぞれのリングがお互いの再会を喜ぶように輝いていた。
今度こそ、僕らは幸せになろう。
君に出会えた奇跡、胸に抱いて。





                   -


あとがき -

どうも、アキです
後書きの後書きとは、一体どーいうことだ?とお思いの方もいらっしゃるでしょう
実はこれ、一度書き直したのをさらに手直しているのです
一部から
「誤字、脱字が多い。」
とか
「不良の絡み方が変。」
とか、
「神宮寺君が重要キャラなのに、登場が少なすぎる!」
などの意見を受けて、せっかく一番力を入れた作品なのだから、
もうちょっと完璧にしてあげよう、と考え、頑張ったのです
ついでに、変な表現とかも少し手直ししました
いわば、完全版、と言ったとこでしょうか?
さらに言うと、
「最後は夏美は死なせたままにしといた方が?」
という意見もあったのですが、それはさすがに変えすぎだし、
何より私がハッピーエンドにしたかったので、そのままにしときました
ま、それでもまだ変なとこあるんですけど
その時はまた言って下されば手直すつもりです
私は、一度書いた作品は、手直さないずぼらな性格なので、今回みたいなのは珍しい例です
でも、やっぱり恥ずかしいままにはしとけないし
次は、シャドウストーリーを手直そうかナァ、と思ってます
一番恥ずかしいので
そんなわけで、このへんで
あ〜、疲れたー





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∠long  ∠index